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【純文学】春、きみの指が燃えていたこと

  • 鳴子-08 (純文学)
  • はる、きみのゆびがもえていたこと
  • 幅観月
  • 書籍|新書判
  • 88ページ
  • 500円
  • 2020/06/10(水)発行
  • 大学時代にかいた掌編〜短編に加え、書き下ろし(「春、きみの指が燃えていたこと」)を収録。
    完成度や思い入れに左右されず、ひとつの作品集としての趣を考えて、掲載する作品をえらびました。

    〈収録作品〉(予定)
    ・かからない魚
    ・エスケープ
    ・クリーム
    ・ゆえちゃんのうさぎ
    ・遠いゆめ
    ・瞳にうつして
    ・ゆらめき
    ・夢のような日
    ・息をかえす
    ・春、きみの指が燃えていたこと


    (以下、「春、きみの指が燃えていたこと」試し読みです。)


    いくら考えてもわからないことがある。

     二十一歳の春、永はいなくなった。誕生日が九月の彼女はまだ十九歳だった。その日も一緒に泳ぐ約束をしていた。いつもなら十一時ごろに来て一、二本流していると自然と落ち合えるはずが、彼女はいつまでたっても現れなかった。昼の休憩で監視員に声をかけられるまで、僕は仰向けでプールに浮いていた。」

     永いはく、僕の顔は薄いけれど、あっさりとはしていない。素敵な生地で仕立てられたシャツみたいだ、とも言う。柄も形もありふれているのに、何度洗っても色褪せず、そっくりしている。そんなシャツ、いいなと思う。そしたら永は「ほら、ちょうどあなたが着ているみたいな」とつづけた。そこではじめて、自分が生成り色のリネンシャツを着ていることに気づく。僕は、服装にこだわりがあるほうではない。大学の講義があるときは襟付きのものを選ぶようにしているが、それはただ単に、気をつかわずともある程度きちんとしてみえるからだ。

     ふと、つむじのあたりに熱を感じる。顔をあげる。視線が絡んだ。永の目の開き具合がわずかに悪くなる。僕はすかさず「ありがとう」と言う。

    「そうやってすぐ適当に返事する」

     永はテーブルに肘をつき、手の甲に頬をのせた。片方の手でバナナジュースにささったストローのさきをいじりつつ、今度はあきらかに僕をにらんでいる。また墓穴を掘ってしまった。

    「わたしの話がつまらない、って風でもないのよね。そう、興味がないのよ。だけどそれって相手に対していちばん失礼なことだと思わない」

    「ごもっとも」それ以外に返す言葉がみつからない。人と会話をするとき、僕はいつもおなじようなことに悩まされる。なにか言わなければならないとき、返答の選択肢がふたつ以上浮かぶことはまずない。だから自ずとたったひとつの選択肢に頼ることになるのだが、永にはこれがいいかげんに聴こえるらしい。実際、人の話に耳をかたむけることはさほど苦痛ではない。興味がない、というわけでもない。ただ言葉を求められると頭の中にある空洞をみつめることになる。そこに僕はわずかな陰影をみいだそうとする。せめてそういう努力はしている。

     枕元においていたミネラルウォーターに手を伸ばす。口をつけるまえに「飲む?」と聞くが、永はなにも言わずに首を振った。彼女は本当に水を飲まない。

     そのあと僕はネッシーの話をした。ダストピットにシールを貼ったのはきみじゃないのかと問うと、永はくつくつ笑った。そして右腕を顔の横につけてのばし、手首を八の字に回してみせた。ネッシー? うん。たまに指先を何度かあわせて、口を動かしているように見せる。

     しばらくやって、永は飽きたのかつかれたのか、右腕をベッドにおろした。顔を壁のほうに向け、微動だにしない。ホットパンツからのびた足は白く、触らなくとも冷たかった。タオルケットをかけてやる。起きたらふたりでダストピットを見にいこうと思った。 

     今日はやはり水曜日だった。予感は当たっていた。


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