藪の中で屈み込む。足裏は泥だらけ、草で切ったらしくあちこちが痛んだ。
松明のにおいが強く流れる。
「いたか!」
「見つからない、どこだ? たかだか貴族の姫だろう。走れるわけがない」
その通り、と歯噛みする。もう息が切れている。先月までは元気いっぱい走り回っていたというのに、このありさまだ。
身震いする。
着せられていた十二単の布は薄く、何枚も重ねないと風通しが良すぎて夜は寒い。重ねてあれば、それなりの暖かさだ。それを屋敷の中に脱ぎ捨ててきた。急いでいたとはいえ、失敗した。
「この暗さだ、もののけでもあるまいし、屋敷から出てはいないのでは?」
衛士たちが屋敷に引き返す。ほっとした瞬間、誰かがこちらへ戻ってきた。
迷わず、藪へ入り込み、こちらの目の前に膝をついた。
若い男だ。こんな者、屋敷で見るのは初めてだった。
「これは奇妙な……」
男が眉をひそめる。慌てて顔を背けたが、男の扇が頬を捉えた。検分される。
どう言い返すか。震えていると、男が息を吐いた。
「ここしばらく、この屋敷の姫君の寝所に血痕があり、僧侶や陰陽師が呼ばれる事態となった。姫君は大事ないと言い張るが、父親である屋敷の主人は徹底的に防備を固めることにした……が、今宵、姫君が行方知れずとなった。もののけにでも攫われたように」
「犯人は私じゃない!」
「それは知っている。見たところ、君の爪と牙は短すぎる。これまでの血痕は、色がひどく鮮やかだ。もっと深く抉らないと。もちろん、爪や牙を使う必要はないだろうけれど」
男がため息をついた。美女めいて見える美しさだが、細身でも体格で男と分かる。
「しかしまぁ見事なこと。獣の耳か。目は光らないが、闇でも支障ない?」
「多少は」
「では灯りがなくても構わないね。もののけ憑きというより、先祖返りかな」
男が立ち上がった。
「その薄着ではこんなところに長居できないでしょう? おいで」
信用できるわけがない。けれど男がぱちん、と指を鳴らすと、体が勝手に立ち上がり、よろよろと男についていく。
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