【恋愛】【ハイファンタジー】胡蝶の夢

• 道後-07 (歴史・時代劇)
• こちょうのゆめ
• 長浜 惟
• 書籍|文庫判(A6)
• 266ページ
• 1,000円
• https://www.pixiv.net/novel/s…
• 2020/5/17(日)発行
• テキレボEX新刊。
  当サークル初の一次創作での同人誌です。
  中華風恋愛もの。
  器量良しで働き者のヒロインと快活な自信家、過去に訳ありのヘタレの三角関係。
  
  
  【あらすじ】
  
  冀王の崩御後、居候の稀舜が命を狙われた。
  かつて遊学していた薊国に逃れるという彼に片想いをしていた蝶珠は、
  「好きな人のお世話がしたいんです！」とついていくことに。
  稀舜は遊学時代から交流のあった薊国の太子・史静に仕えることになり、
  蝶珠は稀舜不在の邸を切り盛りするが、やがて失恋してしまう。
  そんな中、ある青年と出会った蝶珠。
  「……驚いたな。こんなところに可憐な蝶が飛んでいるとは」
  快活なその青年に少しずつ惹かれていく蝶珠だったが――
  
  
  【序章（サンプル）】
  
  　夏家の邸に新しい家族が加わったのは、蝶珠が十五歳の時のこと。
  　遊び疲れてうとうとし始めた弟を寝台に寝かせた蝶珠は、自室へ戻る途中で父に出くわし、そのまま広間へ連れていかれた。
  　そこには一人の青年がいた。蝶珠を見て頭を下げる。
  「呈稀舜です。今日よりこちらで世話になります」
  　知的な風貌をした彼は穏やかな声で、そう名乗った。
  「わっ、わたしは……夏丙理の娘、蝶珠と申します。よろしくお願いいたします」
  　慌てて礼をする蝶珠に、その人は「あなたが」と小さく目を見開いた。何のことかと戸惑う蝶珠に、口元を緩める。
  「丙理さまが目に入れても痛くないと仰るお嬢さまのことは、何度もお聞きしていましたから。……なるほど、確かに珠玉とも張り合えるお顔立ちでいらっしゃる」
  　じいっと蝶珠を見つめ、すらすらとその容貌を褒めあげる。半分は父の言葉とはいえ、初対面の異性から褒められるのは初めてで、顔が熱くなった。
  「……稀舜。蝶珠を有頂天にさせないでくれ。この子はすぐ調子に乗る」
  　咳払いとともに、父は青年に苦情を述べた。調子に乗るとは何よ、と唇を尖らせる蝶珠と腕組みをして素知らぬ顔の父を交互に見やり、青年はくすりと笑う。
  「何を仰います、丙理さま。いつも私に娘自慢をなさっていたくせに」
  　軽い口調で応じるということは、父とはそれなりに長い付き合いなのだろう。いったいどういう人物なのだろうか。
  「ええと、稀舜さまは……どうしてこちらに？」
  　向き直った彼は、困ったように首を傾げる。口を開きかけた時、父が腕組みを解いた。
  「隣国での遊学から戻ってきたんだが、彼の主立った身寄りがこの国にはもうおらんでな。縁あって我が家に招いたんだ」
  　父の言葉にきょとんとしていると、稀舜が頷いた。
  「幼い頃より、夏家の方々には何かと世話になっております。特に芝蘭さまに」
  「芝蘭おじさまに？　もしかして、稀舜さまは今上陛下にお仕えしてらしたのですか？」
  「……まあ、そのようなものです」
  　若干言い淀み、稀舜はそれきり押し黙った。
  「旦那さま」
  　家人が回廊から声をかけてきた。離れへの荷物の運び込みが終わったらしい。「わかった」と父は頷き、そのまま蝶珠を見る。
  「蝶珠、稀舜を離れに案内してやりなさい。お前の三つ上だ、兄と慕うのがよいだろう」
     
  　広間を出る時、蝶珠は稀舜が右腰に細身の剣を佩いているのに気づいた。
  　それを使ったことはあるのだろうか、飾りなどではなく。叔父やこの国の主に近いところにいたのなら、武官ということも考えられる。見た目にはこんな、とても穏やかで理知的な風貌の人物なのに。
  　気になることは色々あったが、好奇心だけで尋ねるのも失礼だ。
  　――長旅を終えてお疲れだろうし、落ち着いてからなら色々とお話もできるかしら。
  　稀舜のゆったりとした足音を背後に聞きながら、蝶珠は離れへと続く回廊を曲がった。