俺は社の前でタクシーを拾うと、自宅に立ち寄り、出張の準備をした。
こういった、急な出張には慣れてしまっていて、着替え等が既に押し込まれた出張キットを既に用意してあるのだ。此れに現地で会社と遣り取りする為の普段自宅で使っているライティング用のモバイルパソコンと充電済みのモバイルルータを押し込んだ。
此れで大体の準備は終わり。
マンションの階段を駆け下りて、待たせてあったタクシーに飛び乗り東京駅へと急ぐ。
時間的には未だ未だ余裕が在る。駅で食事を取り、新幹線の発着ホームへと降りる。
ホームに立ったのが発車五分前。丁度良い時間だ。キヨスクで缶ビールとつまみを買うと新幹線の到着を待つ。
程なくしてマックスタニガワが到着し、自由席に乗り込んだ。
座席を確保すると、缶ビール片手に安西さんの纏めたテキストに目を通す。
・吸血鬼の噂について。
・日本海に面した平凡な地方都市。
・富山県富山市。
・平凡とは言い過ぎかもしれない。百人に聞いて、百人が正確な位置を指し示す事が出来ないであろう、マイナーな都市。
・災害も事件も少なく、住み易い街だが、其れだけが取り柄のシケた街。
・観光資源は多分に在るが、隣県の広報に比べてお粗末で在り、通り過ぎられる事の多い県。
・富山県発の噂が、ネット上で話題になっている。
従来の情報統制された以前の社会で在れば、取るに足らない話だったのだろうが、噂を好き好む自称情報通達は、編集された情報を垂れ流すテレビやラジオ、新聞や雑誌に対して早々に見切りを付け、インターネットを介したソーシャルネットサービスやブログと言った個人間での情報網へとシフトした。
テレビを中心としたマスメディアは消費者層の要と言うべき若年層から壮年層を中心にしてごっそりと顧客を失った。
つまり、既存メディアは社会を動かしている人々から見向きもされなく成った。
此れに起因する視聴率の低迷に因り、各種メディアはスポンサーを失い、経営が困難に成りつつ在る。
所謂ジリ貧の状態。起死回生を望み、行った業界の施策は延命の為の悪足掻きに過ぎなかった。
インターネットの住人達に因り偏向報道の証拠が挙げられ、更には情報の改竄までも暴かれてしまった。
公共機関としての信用を失墜させたメディアは国営放送も含め完全に既存顧客を裏切った形と成った。
此れ等要員に因り、資本主義経済の要と言うべき既得権益の塊は打ち砕かれ、消費社会に多大な影響を及ぼし始めている現状では此の噂は看過出来ない。
・T県の噂。ラジオで在れば、66.6MHzの周波数。テレビで在れば2chに合わせて毎月十三日の深夜二時から三時の間に真実の放送が視聴出来る。
・真実とは何か。
視聴した者はネット上に多数居るが、情報が錯綜しており、何が真実で在るのか、真偽を確かめる事が困難。
半島や大陸からの混線の可能性在り。
更に政治的な放送である可能性も否定出来ない。
・メディアから流される情報を取得する以外無かった時代と違い、現在は手元で手軽に情報を取得出来る。
更には其の情報の真偽についてリアルタイムで議論する場もネット上には在り、此の噂の真偽について、真実で在る方向性で情報が拡散されつつ在る。
・前年から続く業界の信用失墜の挽回策として、旬の此のネタを各種メディアで取り上げ、業界全体の信用回復に繋げる事が出来るか。
まるで、夢物語だな。と、俺は感じた。
現代社会の情報網は既にネットに移行してしまっている。リアルタイムアクセス可能なデータベースに我々が適う訳も無い。
手元に置く情報媒体としての価値しか、新聞や雑誌に見出せるものは無い。メディアに携わる俺ですら、其れを感じているというのに、安西さんの考えている事は夢物語だ。
俺は溜息を吐くと、テキストを封筒に押し込んだ。
我々メディアは、自分で自分の首を絞めたのだ。新しい情報の在り方として、インターネットが今話題になっていると報じたのは我々だ。
日本人は話題性の在るものや、新しいものに食いつく。視聴率や部数を伸ばす為にネットの情報を拡散したのは我々メディアだ。
更に、時勢に引き摺られる形でネットを中心とした情報提供、ホームページやメールを利用したサービス、更にはオンデマンドサービスを提供し始めた。元々は、先に述べた既得権益を護る為の苦肉の策として進めた事案だった訳だが、加速度的に業界の寿命を縮める結果と成った。
こうしたサービスがネットがテレビやラジオ、新聞と同様に。
いや、其れ以上に身近な情報媒体で在る事を無知な視聴者に知らしめた。
ネットに触れる事に因り、既存の視聴者たちは其の情報の伝播の早さに気付く。そして、編集されていない生の情報がどういうものか理解し始めた。
リアルタイムでの情報の遣り取りが如何に自分達に取って有益で在るのかを知り、情報の真偽は取得者に委ねられ、情報の質よりも其の速度こそ情報の本質と呼ばれる時代に成ったのだ。
追い打ちを掛ける様に国内の経済状態が……バブル崩壊から長らく続く景気の低迷、雇用状況の悪化、進む超高齢化等で……悪化した。
若年層に始まり、働き盛りの離職率は国内の景気を最悪の状況へと進行させた。
加えて、出版革命とも呼ぶべき海外から紙媒体よりも安価な電子媒体が流入し、従来の出版業界を恐慌へと叩き落としたのである。
こうした現状の中、我々が出来る事と言えば、インターネット上の真偽のつかない情報の真偽の検証や噂の具現化、そして其れに伴う経済効果の創出、情報や噂に対しての信憑性の付加。
未だ、遣れる事は多く在る。そして此れ等にはきちんとした目的が在る。
如何に信用を失ったと言えど、一世紀以上に渡り情報を発信し続けて来たのだ。
情報の本質が何か分かっているのはインターネットの住人ではなく、我々の方である。
情報操作には一日の長がある。守りの段階を過ぎ、最早無防備でも攻めなければ行けない状況に入った今、我々が為すべき事は一つしか無い。
手段を問わず行う、既得権益の奪回。