異世界ファンタジー小説。閉鎖的な王国ユーディベイラを舞台に、主人公ナハトの普通とは違う日常と、巻き込まれる事件と人間模様。 要素は友情、恋愛、剣と魔法、王国、王道系ファンタジー
上記URLに本編掲載しています。本書は本編に加え書き下ろし番外編、挿絵等を追加したものです。
職人区のメインストリート、通称カンカン通りの中で最も人気のあるガラス職人の店を曲がった路地。横に三人並ぶのも厳しい狭い道に、いくつかの店が立ち並んでいる。表のカンカン通りとは違い、普段なら人通りも疎らであろうその場所だが、今日は職人たちが皆店の前に出ており、賑わいを見せていた。
「うう……煙たい」
金髪の少年が目に涙を浮かべながら路地に入る。少年が目指しているのは表のガラス職人の店から数えて三軒奥の、古びた石造り建築の外観に、やけに立派な金属の看板が目印の金物工房だ。名は《ファロウジ金物工房》。この国の中では中堅の、けれども小規模な工房で、この工房の前にも数人の職人の姿があった。まだ職人見習いであろう年端もいかない子供から青年まで、さまざまな年齢の者たちがいる中、特に秀でた体躯の男が看板を布で拭いている。少年と同じ金の髪を持つ男だ。少年は真っすぐ、その男の元へ向かった。
「父さん、持ってきたよ」
「お? ようやくか! 待ちくたびれたぞ」
少年が差し出す革袋を手にとった男は少年に背を向け「フィルドアルドの灰が来たぞ!」と職人たちに声をかけた。厳しい寒さのマルアの季節を乗り越え、芽吹きの季節であるガジャの季節を迎えた魔除けの枝は、最後の仕事を迎える。――燃え盛る火にくべられ、大掃除用の灰となることだ。
集まる職人たちに少年の持ってきた革袋を渡した男、少年の父でありこの工房の親方ニルドラは少年に向けて笑顔を見せた。
「俺の工房もこれで一年安泰よ。手間かけたな、ナハト」
「灰をかけて掃除するだけで安泰になるなら、手伝いもするよ」
「お? やけに嫌みな言い方だな。ガージャフローロ様の罰が当たるぞ」
「灰を取りに行くのが面倒で家の枝も工房の枝も全部息子に任せた父さんが言うこと? それこそガージャフローロ様の罰が当たっても僕は知らないから」
ナハトが踵を返す。どこに行くんだとニルドラが問うと、ナハトは父に似た笑顔で振り向いた。
「今日は花祭りなんだから、ユカラ様にご挨拶しに行ってくる! ついでに弟子入り志願もね!」
駆けていく息子の背を追いかけるでもなく、ただ生暖かい目で見送る父。そんな父子のやり取りを見ていた見習い職人は、恐る恐るニルドラに声をかけた。
「親方、ナハトくんは工房の掃除をしないのですか?」
「ん? ああ。あいつはこの工房の跡取りじゃないからな」
当然のように答える親方の言葉に、見習いは動揺を隠せない。親から子へ、何代も続いている歴史ある工房の跡取りが長男でなければ何なのか。しかし彼は最近この工房に入ったばかりの見習いであり、親方の家庭事情など知る由もない。表情を曇らせ、言葉に詰まっている見習いを見た親方は、声に出して笑った。
「あいつはな、ちょっとばかし縁があったんだ。きっと精霊の導きなんだろうな。ただ………まぁ」
弟子入りは無理かもしれないがなぁ。ニルドラの呟きは風に乗り、誰の耳にも入ることはなかった。
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