商いには人情が欠かせません!
それから店に引っ張られていって、まず最初にゲンコツを食らった。筋肉の盛り上がった腕と骨張った大きな拳で繰り出された凄まじい一発だった。そしてすぐに「腹ぁ減ってるのか?」と静かに聞かれたので素直に頷くと、夜中だというのに竈の火を熾して肉を焼き始めた。熱されていくと同時に、肉からは強烈なスパイスの匂いが漂って、男は思わず咳き込んだ。焼いた肉と、ごろごろとたっぷりの野菜が入ったスープと、分厚く切られたパン。 (本文より)
商業都市トゥリエナの朝から夜までを、手に職を持つ者たちが織りなす三つの物語。
我が街への愛着、鬱陶しいほどの人情、職人としての矜持、そして、繁栄する都市の暗部をほんの少々。
第一章 城壁の上で夜明け頃、不寝番に立つ若い兵士キーオンの元へ、元近衛隊員であった老師シフナスやって来る。キーオンは、平穏で大した事件も起こらない都市ではなく、前線へ行き武功を上げるべきではないかと、おのれの悩みをシフナスへ打ち明けた――。
第二章 黒猫のジンクス 昼時、職人街であるジャーグ地区の名物料理店「黒猫亭」は毎日大繁盛。店を守るのは、無口な店主と働き者の看板娘。実の親子でもない二人には、とある共通する過去があった――。
第三章 魔女と精霊の真夜中 真夜中、人々が寝静まる頃に、モウヤ地区の高級住宅街から魔女の群れが都市中へ散っていく。彼女たちは一心同体である精霊を連れ、人知れず都市の住人の安眠を守り続けている。その、とある一夜――。