ある雨の夜、行き倒れていた少女を拾ったバーテンダー見習いの有流。
名乗らない少女に「ナシ子」と名をつけ、自立するまで面倒を見る羽目になる。
ナシ子と暮らす日々は、楽しくて刺激的で穏やかで、なんとなくこの生活がずっと続くのかと思っていた。
しかし、そんな緩やかな思いは、とある人物の登場で一変する…!
この猫は、どこから来てどこへ行くのか。
チャラ男と迷い猫の、ハートウォーミング行きて帰りし物語。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14019133 ▼冒頭抜粋
「う~、さみぃ」
まとめたゴミを両手に持ち、肩をすくませながら小走りになって屋外のゴミ捨て場に向かう。すでに、近隣の飲食店から出されたと思われるゴミであふれていたそこにうちの分を乗せ、両手で腕を抱きながら立ち去ろうとしたときだ。
「…………えっ」
最初ゴミの一部かと思ったが、俺の目にはどう見ても人間の腕に見えたそれ。ゴミ捨て場になっている一角の隅のほうに、力なく投げ出されている。恐る恐る、ゴミ捨て場を回って角のほうを覗き込めば。
「……!」
息を呑んだ。そこには、片腕で大きな鞄を大事そうに抱えた人間が、しゃがみ込むようにして倒れていたのだ。
「う……っそだろ……」
一瞬完全にホームレスかと思ったが、そいつは俺の思い描くホームレスとはだいぶ異なる出で立ちをしていた。
暗くてよく見えないが、女だ。それも随分若く見える。頼りない街灯の明かりひとつでは到底個人を特定できそうにはないが、オーバーサイズの黒っぽい上着を着てこの寒いのにミニスカートをはいている。足元はごついローファーだ。雨に濡れてきらきら光っている長い髪の毛はだいぶ明るい色をしている。だからだろうか、うつむくようにして顔は見えないのに若いと思ったのは。
ぐるぐると長く考えていたように感じたけれど、たぶんそんなに時間は経過していない。
「だ、大丈夫?」
声をかけてみた。しかし反応はない。すでに死んでいるのか……と嫌な予感がしたが、ミニスカートから覗くしなやかな足に触れると、ぴくりと身体が跳ねた。生きている。触れたくらいで反応するならたぶん意識もある。返事ができないだけだ。
「ちょっと待ってろよ」
水を吸った鞄はミルクフェドの黒い大きなリュックだった。それを背負い、水を吸って重たくなった上着に触れ、わきのありかを探す。探し当ててそこに両手を差し込むようにし、ぐっと持ち上げる。かなり重たいのは、おそらくこの子の体重ではなく水を吸った衣類だろう。あと、寝てたり意識がうつろな人間は重たい。
「おいアル、おせぇぞ……、……は……?」
俺が戻ってきたら更なる用事を言いつけようとしていたのか、戻った途端マスターの叱責が飛ぶが、俺の姿を見て口をつぐんだ。そりゃそうだ、背中にびちょびちょのリュックを背負って、腕には女の子を抱いているんだから。
「何それ」
「ゴミ捨て場に……落ちてた……っス」
「落ちてたからって拾うなや! おめーは馬鹿かよ!」
「いやでもほっといたら絶対凍死するし……」
どっかんどっかん足音を立てて近づいてきたマスターが、そっと女の子の首筋に手を当てた。
「……生きて、はいるな」
「っス」
「とりあえず、あー、えーと、タオル持ってくるから暖房強くしろ!」
「ウッス!」
話の分かるマスターでほんとうによかった。女の子の身体をそっとボックス席に座らせて、リュックを足元に置く。こんなに重たいのが、中身のせいなのか水分のせいなのかは分からないが、妙に重量感のあるリュックだ。
目を閉じている女の子の顔にへばりついた髪の毛を払うと、眠るその顔があらわになる。
「……かわいいじゃん」
目を瞠るほどに白く透き通った肌、つんとつまんだような小さな鼻、かたちのいい薄い唇、そして、きっと開けばかわいいんだろう下ろされた目蓋を縁取る睫毛が、マスカラとかまつエクとかをしていないと分かる天然ものにもかかわらず、えげつないほど長く濃かった。