おいしい魔法のスイーツで、貴方の「人生のつまづき」癒します
中部地方にオープンした『魔法菓子店 ピロート』は、お人好しのパティシエ・蒼衣と、陽気なオーナー・八代の親友コンビが営む小さなお店。
魔力のある不思議なお菓子『魔法菓子』を売るピロートには、悩みや困りごとといった「人生のつまづき」を抱える客が訪れる。
星座が現れるチョコレートケーキ、体が宙に浮く雲のシュークリーム……。
客の心に優しく寄り添う一方で、蒼衣は見ないふりをしていた自身の「つまづき」に向き合うことになる。
友情・家族・仕事……この「世界」で生きるのが、時々しんどいひとへ届けたい。
「人生のつまづき」をお菓子で癒す、お仕事小説。
イラスト:
きむらひろき 様
※
カクヨム・
エブリスタ・
小説家になろう・
ノベマ!の小説投稿サイトにて第一部として本編全文掲載。完結済み
※同人誌版は軽度の修正・書き下ろし掌編あり
※2019年3月21日テキレボ8にて、本作の二次創作アンソロジー「
蒼衣さんのおいしい魔法菓子公式アンソロジー みんなのスペシャリテ!」を頒布しました
<本文冒頭試し読み>
「端から端まで、全部のケーキ、ここで食べていきますっ!」 鈴木信子は、ケーキの並ぶショーケースを前にして叫ぶように言った。
「ええと……それは、全種類を一個ずつ、ということで、よろしいでしょうか?」
ショーケースの向こうに立つ優しげなパティシエは、信子の注文に戸惑いを隠せない様子だった。
それもそうだろう。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をした女子高生が、十八時の夕飯時にケーキ屋に駆け込み、あまつさえ全種類のケーキを喫茶スペースで食べようとしているのだ。
「そうです!」
信子はやけっぱちになって答える。
心の中の苛立ちをそのまま含んだ声に、パティシエは一瞬気おくれした顔をしたが、さすがにプロの顔をして、
「かしこまりました。ご用意いたします」
と言った。
信子がこのケーキ屋にたどり着いたのは、本当に偶然だった。
時間はさかのぼり、放課後。いろいろあって最低最悪、とにかく苛立った気分の信子は、いつもは右に曲がる道を左に曲がった。不機嫌なまま家に帰れば、弟や妹が詮索してくるのは目に見えている。それに、親にも心配をかけたくない。素直に家に帰りたくなかった。
スマホで店などを検索することすらめんどくさくて、なにも目的がないまま道を進む。
信子は自宅のある愛知県名古屋市から、隣の彩遊《さいゆう》市にある県立高校に通っている。遊びに行くなら栄か名駅、もしくは大須を選んでいた信子にとっては、初めての場所。馴染みの歓楽街に行きたくなかったのは、放課後にあった「いろいろ」が原因だ。本当はこんなところを一人で歩く予定なんてなかった。
(だって、行ったらあの子に会っちゃうかもしれないじゃん)
少しばかり面白そうなものはあるかと期待したが、大きな道路に面した学校から離れてしまえば、そこはなんの変哲もない住宅地。途中で通りかかった小さな商店街は大須ほどではないが人がいる。新しく、きれいめのお店も見かけたが、女子高生の信子が覗いて楽しめるような店はなかった。
意気消沈しながら、さまざまな人とすれ違う。保育園から帰る親子、犬の散歩をするおじさん、そして、学校帰りの学生。別の高校らしい二人組の女の子が、楽しげに会話しながら歩いている姿が目に入り、信子は思わず目をそらす。
すると、二人が甘いものでも食べようよ、と話す声が聞こえてきた。
「アイスがいい? パンケーキにする?」
「夕食前なのによく食べるね」
「甘いのは別腹だし」
「たしかに~」
気兼ねない友だち同士の会話に、信子は奥歯を強くかんだ。そして、極力二人を見ないように下を向いてすれ違う。
本当ならば、今頃、信子だって、ああやって仲の良い友だちと楽しく過ごしているはずだったのだ。
(どうしてこうなっちゃったの)
そっと振り向き、二人の背中を見た。信子の鼻がつん、となって、涙がにじみそうになる。九月下旬の風は秋の気配を含んでいて、少し冷たい。信子の心まで冷え切りそうだった。
「……帰ろ」
むなしくてさびしい気持ちのまま、正面を向いた。しかし、それまで前をよく見ていなかったので、標識のポールに思い切り衝突した。
「痛っ!」
頭に響く痛みに耐えきれず、その場にうずくまる。
(もう、ほんと、本っ当に最悪!)
いらだちは最高潮。ぼたぼたと涙が地面にまで落ちたそのときだった。ポールのそばに置かれた、小さな立て看板が信子の目に入った。
(なに、これ?)
白いペンキで塗られた木製のイーゼル風看板だった。おしゃれな雑貨屋やカフェが使っていそうなそれに、なにか書かれている。
黒板にチョークで「菓子店 ピロート」と書かれているのはかろうじて見えた。菓子店、の前になにか文字があるが、かすれていて読めない。
「お菓子屋さん……?」
その下には「神社右『アパートあずま』1F 喫茶スペースあります お菓子とお茶でおいしく楽しいひとときを」という説明文と、簡易的な地図が書かれている。
喫茶スペース。お菓子。その単語に、信子の頭にかっと血が上る。
「もう、こうなったら、やけ食いしてやる!」
そしてたどり着いたのが、このお店だった。
落ち着いた照明の喫茶スペースは、四人掛けのテーブルが四席と少ない。しかし、天井が少し高く、開放的な空間が印象的だった。夕方だからか、他の客の姿はない。
信子は一番奥にある席につくと、恥も外聞もなくテーブルに突っ伏した。ひんやりとした机の感触が気持ちいい。しかし気持ちは収まらず、信子は大きなため息をついた。
(なんで、あんなことになっちゃったんだろ)
信子の苛立ちの原因は、親友との仲たがいにあった。
(なんでみなみは、私と一緒にいてくれなくなっちゃったの?)
みなみは、今年入学した高校で知り合った友だちだった。席が近く、話しかけやすい雰囲気の子だったので、思い切って声をかけたのがきっかけだ。真面目な信子と、おとなしい性格のみなみは気が合って、瞬く間に親しい間柄になった。それがうれしくて、学校でも一緒に行動し、休みの日もたくさん遊びに出かけて、いろいろなことを話した。中学時代、性格の生真面目さが過ぎていじめに遭い、人間関係でいいことがなかった信子にとって、一番の親友だと思える子だった。
しかし二学期が始まってから、みなみは信子の誘いを断るようになった。
(夏休みまではよかった。毎日のように遊び歩いて、楽しかったのに)
行事も部活も忙しい二学期だから、最初は仕方ないと納得していた。しかし、何度誘っても答えは同じ。
九月の最終週、業を煮やした信子が問い詰めると、みなみは心底いやそうな顔をして「ごめん。信子ちゃん……鈴木さんと一緒にいるのは、もういやだ」と言った。
それ以来、みなみとは一言も口をきいていない。突然友だちを失った信子は、クラス内でひとりぼっちになってしまった。思えば、みなみとばかり遊んでいて、他に友だちと呼べるようなクラスメイトがいなかったのだ。みなみはというと、賑やかなグループに自然な形で混ざっていた。
みなみとの一件は他のグループの子にも伝わっているらしく、どこかに混ぜてもらえるような隙は見当たらない。
信子は突然、孤立状態になってしまった。
(これじゃ、中学のときとおんなじじゃん)
そして今日の放課後、別のクラスメイトとみなみが楽しそうにしている姿を見かけた。どこか甘いものを食べに行こう、と話す姿を見てられなくて、部活もおざなりに終わらせて学校を出てきたのだった。