戦闘艇に乗る少年と少女の出会いの物語「彼女は海の底」。
「人類に炎を取り戻してくれたペンギンのお話」。
魔王の独白「シアノ」。
大学卒業後のすきまの時間「冬の花火」。
消せない故郷の記憶「碧の空」。
滅び行く世界で戦う少女の物語「彼は暗い夜雨の中に差し込んだ、一条の月の光のようだった」。
故郷を目指す飛行機乗りの物語「Deserter’s
45 minutes」。
サイト「雨の庭」や参加したネット企画に掲載している短編のうち、青・寒色系のイメージがあるお話を集めた短編集。
掲載サイトのURLはこちら
http://pluie.halfmoon.jp/novel/ 【本文サンプル】
第五十八号保管水槽。
立ち入り禁止区域の奥の扉には、そう書かれていた。
もちろん夢だ。僕には立ち入り禁止区域の奥へ入る権限などない。よく音と光を反射する白い無機質な廊下は、僕が普段生活している閉鎖区画と全く同じ作りだ。特に疑問も感じないまま、僕は扉の前に立つ。決して開くはずのない扉は、まるで僕を待っていたように音もなく横へスライドして開いた。
その向こうに広がるのは真っ青な水中世界。鳥籠みたいなフレームとガラスで覆われた、巨大な水槽だ。
大小の魚の群れがきらめく群舞を踊り、トビエイの群れが鳥のように頭上を泳いでいく。色とりどりの鮮やかな熱帯魚、鏡のようになめらかに輝く銀色のダイアモンド・フィッシュ、大きな口とぎょろりとした恐ろしげな目をしたオニカマス(バラクーダ)。思い思いに、けれど一定の規則を守って秩序正しく泳いでいく魚の群れを、ときおり巨大なマンタが突っ切って乱していく。水面から差し込む光が、揺らめきながら彼らの鱗を光らせて、まるで夢のような光景を作り出していた。
夢のような――そう、もちろん夢だ。扉を開けたらそこは海の中でしたなんて、現実ではもちろんあり得ない。
夢のような風景の真ん中には、白いワンピースの少女が一人佇んでいた。少女は真っ直ぐこちらを見つめている。イルカみたいに好奇心に満ちた、黒目がちな瞳だ。色素の薄い青白い肌と髪もあいまって、何だか昔記録映像(ライブラリ)の中で見たベルーガが人間に化けたみたいだった。
「こんばんは」
僕と目が合った瞬間に、少女は微笑んでふわりと両手を羽ばたかせ、悪戯っぽく口を開いた。
「彼女は海の底」より一部抜粋
神殿から少し東へ行くと、そこはもう人類の住むところではなくなってしまいます。最低限の食料だけを持って、ゲオルグは未開の大地を進んでいきました。
うっそうと茂ったジャングルを抜け、岩だらけの砂漠を過ぎ、険しい岩山を越え、真っ白な塩におおわれた大地を歩き……途中で出会った鳥や動物に何度も「海を知らないか」「原初の炎を知らないか」と尋ねながら、ゲオルグは旅を続けました。
旅立ってから天空のお月様は三度細くなり、三度満ちました。けれどもそんなに歩き続けても、原初の炎に関する手がかりは一つも見つかりません。黙々と足を進めながら、ゲオルグもさすがにうんざりしてきました。
真っ白に広がる塩の大地に異変が見えたのは、それから何日かたったある日のことでした。地平線の辺りに何か黒い点が見えたのです。それはえらくのんびりとした調子で、ゲオルグの前を歩いていました。数刻もたたずに追いついたゲオルグは、その奇妙な生き物にどう声をかけたらいいのか迷いました。
ゲオルグの膝を越えるくらいの高さの、ずんぐりとしただ円形の体は、背中と頭が黒で、おなかは白という見事なツートンカラー。ひれみたいな両腕を広げて、とても必死な様子でよちよちと歩いています。ゲオルグの気配に気付いたその生き物は、立ち止まってじっとゲオルグを見上げました。
「……何だお前」
あまりにもけったいなその姿に、思わずゲオルグはそうつぶやいてしまいました。
「鳥でヤンス!」
奇妙な生き物は甲高い声でそう言いました。
「人類に炎を取り戻してくれたペンギンのお話」より一部抜粋