こちらのアイテムは2019/3/21(木)開催・第8回 Text-Revolutionsにて入手できます。
くわしくは第8回 Text-Revolutions公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

真夜中カフェ燭台切

  • 委託-14 (ローファンタジー)
  • まよなかかふぇしょくだいきり
  • 良崎歓
  • 書籍|A5
  • 152ページ
  • 900円
  • https://www.pixiv.net/novel/s…
  • 2019/3/21(木)発行
  • pixivに投稿したとうらぶ二次創作、燭へし短編の再録本です。
    再録(加筆あり)+書きおろし。

    【収録予定のお話】
    ・ビギニング
    ・しょくへしいちねんかん
    ・僕が何で怒ってるか分かる?
    ・杜の都、木漏れ日の下で
    ・水無月つごもりの祝宴
    ・つがいの夏休み(しょくへしなつやすみ 改題)
    ・とめどなく黒猫の名を呼ぶ
    ・奇しき巡りはちゅんの縁
    ・真夜中カフェ燭台切
    ・(書き下ろし)深夜BAR燭台切
     →「真夜中カフェ燭台切」の後日談です。こちらのサンプルはURL欄からどうぞ。

    以下、サンプルは「僕が何で怒ってるか分かる?」より。
    ----------------------------------------

    「僕が何で怒ってるか分かる?」

    「知らん」
     長谷部くんが無表情にそう言うのに、僕は「じゃあ言わせてもらうけど」と返す。
    「また無茶な進軍して。君、それ、ほとんど重傷じゃないか」
    「だが、あそこで進んだからこそ大将首が獲れた」
    「それは、たまたま勝てたからだろう」
    「ならば問題ない。死ななきゃ安い」
     喋っている間にも、彼の切れた額からは、血が止めどなく地面へと落ちる。それが気になってか、長谷部くんは目の上あたりを袖でぐい、と拭った。
     長谷部くんはぼろぼろだった。防具や戦装束だけの話ではなく、体もあちこち傷だらけになり、破れた服の隙間から裂けた肉が見えている。白い手袋はかなりの面積が血で赤く染まっている。
    「勝算のない攻めは無謀って言うんだよ」
    「勝てると思ったから進んだんだ。任務は達成したし、何が悪い?」
    「君ねえ」
     売られた喧嘩を買おうとしたところで、加州くんの「はいそこまでー」という声が割り込んでくる。
    「もうすぐゲートから出るからさ。……本丸に戻ったら、主への報告くらい静かにやれよな」
     本丸最古参、初期刀の加州くん。淡々と、しかし有無を言わさぬ響きに、僕は口を噤む。長谷部くんも、一瞬だけ僕を睨むように視線を投げた後、そっぽを向いて黙った。

     長谷部くんと僕がこうして喧嘩になるのは、珍しいことではない。
     僕は、自らの堪忍袋は人よりも大きいほうだと思っていた。しかし彼と関わるようになって以来、これまで覚えた怒りなど、腹にため込むほどのものですらなかったのだ、と思い知らされた。
     彼ときたら、あんなにきれいな刀身と顔をして、そのくせ口は悪いし足癖は悪いし、それに――とにかく、見た目を裏切る雑さが、いやに目に付くのだった。

    (略)

     夜半、長谷部くんが本丸裏の井戸で水をかぶっていたところに出くわしたことがある。  この時間ならまだ風呂に湯が張ってあるはずなのにと、不思議に思って近寄った。僕にとっては天敵のような彼なのに、放ってはおけないのは、僕の性分のようなものだともう諦めた。
     長谷部くんらしくもなく、近づく僕の気配にはまったく気づいてはいないようだった。頭から水をかぶっては顔を拭き、体のすみずみまでを念入りに拭う、ただそれだけを繰り返す長谷部くん。明らかにおかしい。
    「どうしたの、こんな時間に」
     僕の声に、長谷部くんはびくりと振り返った。それから、水の滴る髪の毛を乱暴にかき上げて、素っ気なく答えた。
    「主の供から、戻ったところだ」
     主は今日、お偉方と会合があると言っていた。
     いつもは初期刀の加州くんを連れて行くところが、今日は珍しく長谷部くんを護衛に指名したことを鮮明に覚えている。それを聞いたとき、多少なりとも、僕の中に『なぜ』という疑問が浮かび、ひっかかっていたからだろうか。
    「顔色が悪いよ。お風呂、まだ温かいはずだから、入ってきたら」
    「ここでいい」
     長谷部くんの声は、わずかにふるえていた。
     薄い唇は、よほど酷く拭い続けたのか、朱くなっている。なめらかなカーブを描く肩や手首には、くっきりと縄目の跡。そして、みずみずしく肉の乗った胸板には、うっすらと歯形とおぼしき痕がついていた。
     その意味するところに行き着いて、僕の目の前は真っ赤になった。まるで、怒りで視界が塗りつぶされたようだった。
    「誰に、やられたんだい」
     そう尋ねる僕の声も、ふるえている。
    「主? それとも、主が呼んだ相手に? ただの会合じゃ、なかったんだね」
     俯き、黙りこむ長谷部くん。それは、是の答えだった。いつもの彼ならばまなじりをつり上げ、躍起になって言い返してくるはずが、この態度だ。よほどのことがあったのだろうと考えたら、また目の前が赤くなった。
    「僕が、何で怒ってるか、分かる」
    「さあな。知らん」
    「……下衆な主命は、断っていいんだ」
    「下衆でも何でも、主命だろう。今日の会合の相手が、俺をご指名だったんだ。俺の体で、主のお役に、立てるのならば」
     長谷部くんは、うめくように、切れぎれに呟く。紙より白い顔色、赤く潤んだ目元で。  主命、主命、しゅめい。
     主命って、何だ。すっかり血が上った僕の頭は、うまく言葉を飲み込んでくれない。
    「主に言われれば、何でもするのか、君は」
    「お前が勘ぐっているようなことは、ない。せいぜい、この程度だ」
     長谷部くんが、首に掛けていた手ぬぐいを少しずらす。首筋には、紅色の鬱血痕がいくつもあった。誰かが彼を縛り上げ、この唇を、白い肌を好き放題に舐め、噛んで、吸ったのだ。僕など、そのさまを想像するだけで体が燃え上がりそうだというのに、それを彼は『この程度』と言う。
     戦場で傷だらけになっても、食事がとれないほどの仕事を抱えても、弱音を吐かなかった長谷部くん。その彼が、今回は明らかに憔悴している。どうにも、やりきれなかった。 「そんなに赤くなるまで拭き続けて」
    「それは、」
    「いやだったんだろう、本当は」
     長谷部くんは言葉に詰まり、目に見えて怯んだ。しかし、すぐにその瞳はすうっと冷え切る。まるで、一瞬前までとは違う刀のように。
     やがて、彼は淡々と言った。
    「だからこそ、俺でいい。……違うか? お前が俺の立場になったら、誰かに代わらせることが、できるのか?」
    「それは」
     僕は、無力感に打ちひしがれながら、首を振る。汚れ仕事は、自分が始末をつけなくてはならない――それは、僕自身だってよくわかっているつもりだったから。
    「他言無用だ」
     去っていく彼を、僕は無言で見送った。その背にも、うっすらと痕が残っていた――縄と、おそらくは鞭の。
     あの長谷部くんが自由を封じられ、されるがままに打たれる、なんて。長谷部くんがなんと言おうと、そんな接待など、彼がその美しい身を投げ出し、プライドを折ってまですることではないと、思う。
     その雑さが、僕は心底嫌だ。自分の身をかえりみないところが。自分の価値を分かっていないところが。

    (つづく)

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