サークル桐瑞の本棚、初めての方におススメのファンタジー短編集①!
誰かのために危険に立ち向かう、愛と勇気が詰まった物語の数々。
(事件に対して果敢に解決していく姿、ハラハラドキドキが好きな方は、こちらをまずはお薦めします。イメージは水です。)
嵐の翌日、女性は浜辺に流れ着いた青年を助け出す。
懸命に看病した結果、彼は一命を取り留めたが記憶喪失になっていた。
女性は彼の正体を知りつつも、彼を介抱し続ける。
そのような中、隣国との争いが激しさを増していることを知り……。
過去に傷を負った女性が、彼との出会いで覚悟を決めて進みだす。
(『有明に浮かぶ星』)
表題作をはじめ、
ライトな語り口調で綴る少年の成長物語『見習い騎士の転換点』、
雨が降りゆく中、物語が進んでいく恋愛ファンタジー『明けぬ夜に動く針』、
新たな居場所で奮闘するお仕事&事件もの『流水の管理者の一歩』
の計4本の短編を収録した、短編集!
※『見習い騎士の転換点』、『明けぬ夜に動く針』、『流水の管理者の一歩』はweb版の加筆修正版です。
※有明に浮かぶ星は完全書き下ろしです。アンソロジー「海」にて、導入部分がアップされています。
第7回webアンソロ「海」有明に浮かぶ星 **************************
★試し読み いつのまにか眠ってしまったノーラは、地面に雨が叩きつける音によって目を覚ました。横になっていた上半身をあげ、外をぼんやり眺める。太陽の光が雲で遮られているのか、朝にも関わらず外は薄暗い。
首からかけている銀時計で時間を確かめる。ちょうど朝食の時間だ。これから支度をすれば昼の仕事には間に合うだろう。軽く髪を整えたノーラは、すぐに居間に向かった。
いつもより反応が鈍いながらも、昼の営業をどうにかこなす。それを終えると、傘を差して買い出しにでた。いつもより歩いている人が少ないのは雨のせいだろう。徐々に人が少なくなっていく通りを一人で歩いた。
人気(ひとけ)がなくなったところで、ある一件の家が目についた。三階建てのアパートに挟まれた、赤い煉瓦の屋根の一軒家。左右にある窓はカーテンが閉められており、部屋の中は見えない。そのカーテンの内側には、埃をかぶった一つの置き時計が時を止めて置かれていた。
「空き屋……?」
『明けぬ夜に動く針』より
「貴様らは誰の差し金だ?」
雨が激しく降り、強風が吹きゆく中、金髪の青年は崖に背を向けて黒ずくめの男たちを睨みつけていた。暴風雨のため男たちの顔はほとんど見えない。
五人いる黒ずくめの男たちは、青年を逃がすまいと、列を二重にして逃げ道を封鎖している。誰もが短剣や長剣を抜いており、青年が横を通り抜けようとするものならば、すぐさま切る勢いだった。
男たちが徐々に青年との距離を詰めていく。青年はそれに合わせるかのように、後退していった。雷が轟き、風はさらに強くなる。
「誰も応えないのか。なるほど貴様らの雇い主は、他人に知られてはならない相手と言うことだな。……貴様らが言わずとも、おおよそ雇い主の見当はついている。まったくこんなところに追い込んで暗殺をしかけられるとは、嫌な身内を持ったものだ」
青年は地面に剣先を向けていた長剣を中段にまで持ち上げた。男たちもやや腰を落として剣を構える。
「残念だが、私はまだ死ぬわけにはいかない。横暴を止めなければ、この国も隣国も幸福とは無縁の国になってしまう。そのような状態にさせないために、まずはここを突破させてもらう!」
ほぼ同時に雷が激しい音を立てて、どこかに落ちた。それを皮切りに青年は駆け出し、男たちの正面で剣を振った。緩急つけて流れるように剣を振っていく。男たちはそれに押されるようにして下がっていった。
切るではなく牽制に重きを置いた振りをしていた青年は、勢いのままに突き進んだ。 突如、後ろで待機していた男が前に出て、青年の剣と交じり合わせてくる。剣を止められた青年は足を止めた。青年は眉をひそめて、彼よりも背の高い男を見上げる。
「この感触、まさか……!」
低い声ではっきりと言葉を発したが、誰も反応することはなかった。青年が剣を持ち上げる前に、背の高い男が接近してきた。激しい突きで攻め込んでくる。それを青年は後退しながら、どうにかかわしていった。 だが、あっという間に崖の端まで追いやられる。そこで青年は首元に男の剣先を突きつけられた。
青年は雨を生み出す、真っ黒い雲で覆われた空を見上げる。
「よもやここまでか……」
死期を悟って呟くと、向けられていた剣先が震え、少し離れた。それに気づいた青年は、体をくねらせながら屈み、男の足下に向けて剣を振った。男は攻撃を避けるために、若干後退する。 青年は立ち上がって再度剣を振ろうとしたが、今までにない突風が吹いた。体が風に押されて下がっていく。しかし数歩後ろには地面がなかった。
「しまっ―!」
足を踏み外し、体勢を崩した青年は、真っ逆様に黒い海の中に落ちていく。空に向けて手を突き出すが、誰も掴もうとはしなかった。ただしあの男だけは青年が落ちる様子をじっと見ていた。
激しい音をたてて、青年は海の中に吸い込まれていく。抵抗することもできずに、波にさらわれて、その場から消えていった――。
『有明に浮かぶ星』より