こちらのアイテムは2019/3/21(木)開催・第8回 Text-Revolutionsにて入手できます。
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夜とダイヤモンド

  • 委託-24 (恋愛)
  • よるとだいやもんど
  • 望月あん
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 30ページ
  • 200円
  • http://border-sky.com/off.htm…
  • 2016/5/15(日)発行
  • 高校を卒業したばかりの七色は、深夜のアルバイト中に呼びとめられる。
    「動かしてほしいの」
    指差されたのはオーナーの高級車、指差したのはオーナーの恋人・小夜子だった。七色は小夜子に言われるがまま夜の街を疾走することになり……

    ――さらわれるようにさらって始まる、一夜限りの逃避行


    ~~本編冒頭より~~
    「ねえ」
      裏口を掃除していると、すぐ近くから呼ばれて半袖のシャツを引かれた。
     「ねえ、少年」
      七色(なないろ)が振り返った先には小夜子がいた。黒々とした睫毛まではっきり見てとれる近さに、七色は思わず一歩あとずさる。小夜子は少女のように首をかしげて七色を覗きこんだ。
     「堂園んとこのコかな」
     「あ、はい、店のほうの」
      制服のベストをかるく引っ張ってみせるが、小夜子はじっと七色の顔に見入っていた。七色は小夜子の黒く大きな瞳を見つめ返すわけにもいかず、かといって雑居ビルに挟まれた路地で見るべきものなどなく、しかたなく裏口の扉を見張った。こんなところを誰かに見られでもしたら面倒なことになる。
      小夜子は七色の心配など素知らぬ様子でひとりごとのように呟く。
    「どこかで会ったことある気がする」
     「店……じゃないですかね」
      そうしてはじめて小夜子は七色の制服を見やった。上から下までを二往復して、何かさまざまなことを考えているような妙な間のあと、何も考えていなかったように微笑む。
     「きみ、ミッションいける?」
     「はい、まあ。え、なんで……」
     「動かしてほしいの」
      小夜子が指さす先には七色にも見覚えのあるスポーツカーが停まっていた。
     「オーナーの車を、ですか」
     「下にリップ落としちゃって。わたしミッション無理だから」
      言うやいなや小夜子は七色の腕を掴み、黒いワンピースの裾をひるがえして車へずんずん向かった。小夜子の細い指の感触に華やいだり戸惑ったりする暇もない。
      堂園と小夜子の接客は常にマネージャーが担当していた。店に入って二カ月の七色は言葉を交わすことはおろか、そばに立ったことすらない。いつも遠くから眺めるだけだった。
      それがいま、肩越しに小夜子が振り返り、目元だけでかすかに笑う。小夜子からは香水とも体臭とも異なる冷たい香りがした。待ってくださいと言いかけた七色は黙らざるをえなかった。
      排気ガスや室外機の吐き出す熱が、蒸れた街をいっそう不快にする。銀色の車体はよく磨かれネオンに濡れていた。一見しただけで大切にされているとわかる。それでなくとも教習所でしか運転したことのない七色にとって、あまりにもハードルの高い車だった。
      堂園は、大物政治家の庶子であるとか、裏社会の人物と盃を交わした仲であるとか、その証拠に背中には龍虎の刺青があるなどと噂されていた。その真偽は七色にはわからないが、すくなくともスタッフに対して声を荒げたり暴力を振るったりするような男ではなかった。ときおり静かな笑みを浮かべるくらいだ。だがそういうとき、マネージャーはひどく怯えて頭を下げるのだった。
      七色は渡されたキーを手に立ち尽くす。
     「オーナーは知ってるんですか」
      問いに、小夜子はにこにことするだけだ。
     「おれ、やっぱりオーナー呼んできます」
     ビルのほうへ走り出そうとすると、どこか楽しげな小夜子に行く手を阻まれる。
     「わざわざ言うことでもないよ。ちょっと動かすだけなんだから」
      車まで連れ戻され、運転席に無理やり押し込まれた。座ったこともないようなやわらかな革のシートに包まれて居心地の悪さが増す。窓の外では小夜子がひらひらと手を振っていた。七色は諦めてエンジンをかけた。
      シートを介してなめらかな振動が伝わってくる。足元に沈んでいた煙草の残り香が羽根のように舞いあがる。試験以来の運転だったが、もたつくことなく車一台分前へ滑らせた。
      ひときわ明るいネオンサインがフロントガラスいっぱいに広がった。ハンドルを握る七色の手もオレンジ色に染まる。ふと、地元を出てきた日のことが思い出された。運転免許証を受け取った帰り道だった。駅のホームは夕日の海に沈んでいた。たまらず目を細めたが、眩しさからではなかった。そのとき七色は光にも圧力があるのだと知った。気がつくと、家とは反対方向へ向かう電車に揺られていた。
      勢いよくドアが開く音で七色は我に返った。小夜子が助手席に乗り込んでくる。
     「ありましたか、リップ」
     「出して」
     「え?」
     「いいから車を出して」
     「出すってどこ―」
      車の外で怒鳴り声があがる。ミラーを覗くと堂園の取り巻きや店のガードマンが鬼の形相で車に飛びかかろうとしていた。
     「はやく!」

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