こちらのアイテムは2018/7/16(月)開催・第7回 Text-Revolutionsにて入手できます。
くわしくは第7回 Text-Revolutions公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

長谷部くんのひとりごと

  • 委託-22 (ローファンタジー)
  • はせべくんのひとりごと
  • 良崎歓
  • 書籍|A5
  • 116ページ
  • 600円
  • 2018/01/18(木)発行
  • とうらぶ二次。
    pixivで公開している燭へし小説の再録+書き下ろし本、再録7割、書き下ろし3割くらいの短編集です。
    詳しくはURLから(シブの紹介ページに飛びます)。
    サンプルは7月らしく七夕の話、「屑籠の藤」から。

    ◆◆◆

     主の世の暦では、もうじき七月七日、七夕。

     この本丸の主は刀剣男子にも人の世の営みを知ってもらいたいのだと、季節は現世に合わせて換え、そのときどきの催しもできるかぎり取り入れている。
     七夕も、例外ではなかった。
     夕餉の後の大広間、燭台切がふと外を見ると、蛍が飛び交う夏の夜が広がっていた。朝は桜が咲いていたのだから、なるほどこれは主の仕業か。そんなことを考えていると、今度はその夜闇の中から長谷部が現れた。近侍の彼が、大きな笹竹と、色のついた紙の束を抱えているのも、おそらくは主命だ。
     たちまち短刀たちに囲まれた長谷部は、何食わぬ顔で卓の上に色紙を広げ始めた。
    「主から賜った。七夕の飾り付け用だ。短冊にでも、折り紙にでも、好きなように使え」
     その上、「風呂が終わった者から好きな色を選ぶこと」なんて言うものだから、普段なら遊びたくて風呂を渋る短刀たちが、我先に浴場へと駆けていった。一気にがらんとした広間の中、一期や明石ら保護者たちに感謝の視線を送られて、長谷部は怒ったような顔で俯いていた。

     一期が、弟たちに短冊を配っている。五虎退には白、乱には桃色。数が少ない金色を手に入れて満足げに笑う博多。見ている燭台切の方までつい頬が緩む。
     ひととおり兄弟を回り終えた一期が、「燭台切殿も」と、手元に残っている色紙をこちらに差し出してきた。主が張り切って揃えたのだろう、本丸じゅうの刀たちが書いてもまだ余るくらいの量だった。
    「弟たちの余りで恐縮ですが、いかがですかな」
    「せっかくだから、いただくよ」
     たくさんの中から燭台切が選んだ二枚に、一期はふと微笑んだ。
    「長谷部殿なら、自室かと。これを私に押しつけて、『こういうのはお前の方が得意だろう、俺は部屋に戻る』と仰いましてな」
    「怖い顔してたろう」
    「ええ、それはもう」
     きっとまた、怒ったような顔だったのだろう。長谷部のあれは照れているのだと、そう気づいたときには、恋に落ちていた。いったいどれほど前のことだったかと本丸に顕現してからの記憶を辿ったけれど、燭台切にはもう思い出せなかった。
     俯くのは赤くなる頬や鼻先を見られたくないからだ。長谷部の肌は白いから、感情が動くとき、ぱあっと鮮やかに紅潮する。長谷部本人はそれを酷く厭うのだった。いくさ場で紅い唇をゆがめて笑う長谷部を思い浮かべて、ついだらしなくなる顔を、燭台切はあわててきゅっと引き締めた。
    「それでは、これを」
     一期が、山吹の短冊と藤の短冊、それにまるで長谷部の下緒の色のような深い赤の紐を二本、渡してくれた。
    「ありがとう」
    「健闘を祈ります」
     長谷部殿は手強いですからな、と一期はまた笑った。

    ◆◆◆

     一期の言うとおり、長谷部は自室に戻っていた。
     勝手に入ってこい、という言葉に甘えて障子を開けると、浴衣姿の長谷部は読んでいた本を文机に置いた。燭台切の目から隠すように、表紙を下にして。裏表紙さえ鶴や風船で鮮やかに彩られたその本は、どうやら折り紙の指南書だった。
    「読書中? 邪魔したかな」
    「入ってこいと言ったのは俺だ」
     長谷部は一瞬だけ眉をぴくりと動かすと、僅かに、ふ、と息を吐いた。
    「笑わないのか」
    「なにが? 折り紙?」
    「ああ」
    「七夕の飾りだろう? おかしくないよ。長谷部くんは折り紙上手そうだよね。折り目とか、すごくきっちりしてそうだな」
     面食らったのか、長谷部はぱちりとまばたいて燭台切を見つめた。いつものように照れ隠しに俯くのも忘れているのか、ほんのりと色付いた頬がよく見える。かえってこっちが照れてしまって、燭台切はその顔を振り払うかのように、「短冊は書いた?」と尋ねてみた。
    「俺には、必要無い」
     長谷部はたちまちいつもの鉄面皮に戻ってしまって、燭台切はつい苦笑する。一期からもらった短冊を取り出すと、長谷部は眉間にぎゅうと皺を寄せた。
    「そう言わずにさ」
    「いらん」
    「だめだよ。主命、でしょ?」
    「む」
     主命と聞いて、長谷部は口を噤み、藤色の短冊と紐を渋々ながらも受け取る。
     主の名を出したのは狡かっただろうかと少し反省しつつも、短冊を手に取ってもらうことには成功した。想う相手の――長谷部の、心の内を堂々と見ることができる、年に一度の機会。燭台切は、長谷部が短冊に何を書くのか知りたかったのだ。
     短冊を前に唸る長谷部。真面目な彼のことだから、放っておくと七夕を過ぎても唸り続けているかもしれない。助け船を出すつもりで、燭台切は呼びかける。
    「長谷部くん。……七夕は、自分の本当の気持ちを吐き出せる日だよ。考えすぎずに、素直に、思ったことを書いてみたらどうかな」
    「短冊に書くのは、素直な、気持ち」
     含みのある響きに、燭台切は長谷部の顔を覗き込んだ。短冊と同じ薄い紫の瞳が、庭を飛び交う蛍のように揺らめいている。
    「……それが叶わぬ願いでも、か?」
    「長谷部くんの願いは、叶わないことなのかい」
    「おそらく」
     いつもまっすぐを見据える彼の、初めて見る弱気だった。
     無愛想で、今や昔の主のことしか口にしない彼の、心からの願いとは一体何なのだろう。この世に生まれることも無く長谷部のうちで死んでゆく願いも、それを抱え続けるであろう長谷部自身も、とても哀しいと、燭台切は唇を噛んだ。
     長谷部の願いが、もしも自分が手を貸して叶うことならば、何でもしてやりたいと思っていた。自分が役に立たぬ事ならば、せめて人知れず彼のために祈ることくらいは、と思っていた――つい、さっきまでは。しかし、どうやら、それすらも許されぬらしい。今も、弱った彼を抱き締めたい衝動を必死に抑えているほどに、焦がれているのに。
     声が震えぬように気を張って、燭台切は言った。
    「そうか。……それでもさ。思いをこめて、書くんだよ」
    「虚しくは、ないか。そういうものなのか」
     燭台切が頷くと、長谷部は少しだけ柔らかい表情になった。そこで初めて燭台切の手元に残った短冊に気づいたのか、山吹色の紙を指さして、長谷部は言った。
    「それ。……お前は、何を書くんだ」
     燭台切の願いなどただ一つしかない。ただ、この空気の中ではとても言えるものではないし、短冊に書いて彼の前に掲げるには覚悟が足りない。長谷部には本当の気持ちを素直に吐き出せと言っておきながら、自分にはその勇気はないのだ。
    「まだ決めてないなあ。当日まで悩んでみようと思うよ。……もし良かったら、僕のと一緒に飾ろうか」
    「遠慮する」
    「つれないなあ」
     長谷部は燭台切の情けない声に、にやりと笑った。もうさきほどのような迷いはどこかに消えてしまったのか、それとも何事もなかったかのように覆い隠したのか。すっかりいつも通りの彼を目にして、燭台切の胸は煩く鳴るのだった。

     長谷部が重傷、戦線崩壊となって帰ってきたのは、燭台切が待ちに待った、七夕の夜だった。

    (つづく)

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