シャーリーが怪しい男たちに囚われ、謎の施設に収容されて、何日目だろうか。毎日調査と称して血を抜かれたり、電極を貼った体を、何やら金属の棒やピンセットのようなものでいじられたりと、よく分からない人体実験を繰り返される。
一つ分かったことは、ここは禍人と呼ばれる異能力者たちが捕らえられる禍人収容施設、通称ラボラトリーだということだ。
シャーリーには禍人である自覚などない。だがラボの研究員たちは、シャーリーを禍人として扱う。無論、単身で逃げ出すことなどできない監視の毎日だ。
快活だったシャーリーの気持ちは、すぐに淀んだネガティブなものに変わっていった。
昨日など、意識を失うほど大掛かりな実験をされた。その後から、全身がとてつもない倦怠感で蝕まれている。よって、シャーリーは今朝から、与えられた独房のベッドでだらりと体を横たえていた。
「お母さん、お父さんも……心配してるだろうな……」
瞼に浮かぶ両親の姿を思い浮かべ、シャーリーは小さく鼻を鳴らす。泣きたいのに涙が出ないのだ。悲しみや寂しさは、彼女の限界を越えてしまったらしい。
「わたし、禍人なんかじゃないのに」
唯一、独房内では自由に振る舞える。シャーリーはゆっくり体を起こして、部屋の隅に設置された給水器から、水をプラスティックのコップに入れて飲み干した。そのままそこへ座り込む。
「昨日の実験、何をされたのかしら? こんなに体がだるいなんて」
コップを給水器の上に置き、シャーリーは狭い独房内を見渡す。
硬いベッドと、衝立の向こうにはトイレ、ドア横の給水器、今朝の朝食の空トレイ。唯一の出入口は電子ロックのカード認証式で、内側からは開けられない。それだけが今、室内にあるものだ。外を見るための窓もない。
シャーリーはベッドの端に座り、再び体を投げ出した。
「寝ちゃおうかな……どうせまた、調査とかって突然呼びにくるだけだろうし」
瞼を閉じ、意識を徐々に沈めていく最中(さなか)だった。
出入口が機械音と共に開いた。
また調査かと、ゆっくり瞼を開くと、そこにはいつもの白衣を着た研究員ではなく、見知らぬ少年が立っていた。
いや、たしかこの少年は、シャーリーを路地裏で捕まえた少年だったはず。
また乱暴されるのかと、シャーリーは身を固くした。
「寝てるの?」
少年は不思議そうに首を傾けてシャーリーを見ている。まるで邪気の感じられない屈託ない青い瞳は、まっすぐシャーリーを映している。
「な、何ですか? また調査の時間ですか?」
「違うよ。誰かに呼ばれた気がしたから来ただけ。お前が僕を呼んだの?」
少年はズカズカと無遠慮に室内へと入ってくる。そしてシャーリーの前で立ち止まった。
「僕を呼んだでしょ? 用は何?」
「わ、わたしは別にあなたを呼んでなんか……」
「嘘だ。頭の中に直接声を響かせて、僕を呼んだのはお前だ」
少年が断定する。しかしシャーリーは反論した。
「わたし、呼んでません」
「呼んだ」
「呼んでないわ」
「呼んだじゃん」
「もうっ! 呼んでないってば」
「呼ばれなきゃ来ないよ!」
呼ぶだの呼ばないだの、無意味な押し問答が続き、最初に飽きたのは彼だった。
「もういいや。面倒くさい」
少年は断りもなしにシャーリーの隣へストンと座る。シャーリーは驚いて身を引いた。
「な、なんなの、あなた?」
「僕? 僕はノエル。お前はシャーリーだっけ?」
「名前を聞いた訳じゃなくて……」
シャーリーはノエルを恐る恐る見つめながら、ぐっと口を閉ざす。