2017年1月文学フリマ京都発行。
短歌・俳句を"解凍"し、広げた想像(妄想)をまとめた短編集。BLおおめ。URLから試し読みができます。約14000字の書き下ろしを収録。装幀は前回の『沈黙のために』をデザインしてくださった蔦子さんです。
春のキャベツ畑の脇で、もわもわするほどモンシロチョウを肩にまとわりつかせている。それが彼だった。 (モンシロチョウと少年)
今年は渡り鳥がよく死んだ。 (流れゆく)
ベガへ行くにはいろんな方法があったが、最も一般的だったのは旧式のエンジンで、古き良き冷凍睡眠の霜に覆われながら、数十年の旅をするという方法だ。 (さまよえるベガ)
かれはいま目玉だけになってホルマリンに漬けられている。 (はるかな海よ)
七実が来たのは、働き出して数年、お金も貯まったしとえいやっと一人暮らしを初めて一年目の冬だった。(君は)
永久田はいわゆるダム湖だ。黒部ダムみたいに有名でもなく、風景に面白味があるわけでもない、緑色がかった灰色の、濁った水をたたえたダム湖。 (永久田湖のこと)
彼がコオトニイ行きを決心したのは、ダンスの教師と逃げた妻から感嘆詞まみれの謝罪の絵葉書が届いた朝のことだった。 (コオトニイ・タウン)
おうよかった気がついたか、と目の前の男が言った。(ロンドンNo.1580920)
解凍もとの詩歌は以下(敬称略)
「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい 笹井宏之
少年や腿に挟みて蚊が平ら 関悦史
終点と思へば始点 渡り鳥が組み上げてゆく夏の駅舎は 石川美南
エンジンの冷却のためこの星があるのですよと静かなるこゑ 石川美南
脳よりも大きな目玉で見たヒトの交尾は矛盾だらけでしたか 孤伏澤つたゐ
華やかに世界の朝が遠くなる 仮装を解きて笑みかはすとき 黒瀬珂瀾
深く深く湖底に沈め夏休み 実駒
屠殺屋とをどるCha-cha-cháや夏の果 かかり真魚
月明かりにかざした文字が〈倫敦〉であつたと、旅の男の話 石川美南