◆テキレボアンソロジー「嘘」へ寄稿の「やわらかな檻」本編となっております。◆
断罪、罪過、看守。
彼らは他者の死体を借りて転生を繰り返していた。
それはかつて〈始まりの生〉で犯した罪のせいだという。
その罪を贖い〈浄化〉を成せば、輪廻の輪から逃れられると看守は話すが、いかにすれば〈浄化〉となるのかわからないまま、断罪は名に従って罪過の命を断ち続けた。
死から目覚めて、まだいのちが続いていることに絶望する「断罪」
宿主である死体の人生に深入りして楽しみ、〈浄化〉を望まない「看守」
事故かもしくは自らの意志か、目覚めるといっさいの記憶を失っていた「罪過」
彼らの罪とは、いのちとは…。
柚木都々の肉体で目覚めた断罪は、都々の妹・沙々奈の肉体へ転生した罪過をさがしだすも、彼女はすべての記憶を失っていた。 看守の助言に従い、断罪は彼女が記憶を取り戻すまでともに生活することになるが、そのうちに兄妹が秘め続けた想いを知ることとなり……。
◆罪びとたちの転生恋愛ファンタジー◆
(この作品は近親間での恋愛描写を含みます)
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~本編より抜粋(p.26~p.29)~
足裏に押しつけた沙々奈の膝は断罪の体温を吸収して、もう冷たくはなかった。冷たい場所を求めてつま先でまさぐると、沙々奈の内側から滲み出てくる熱があった。慌てて顔を覗き込む。
薄い皮膚の下から生命の色彩が湧き上がる。息継ぎをするように表情が躍動しはじめる。断罪は胸に耳を押し当てた。少女の体はすっかりやわらかく、心臓は鼓動していた。
生きている。
いったい誰が。
ぐんぐんと命を吸い上げ目覚めていく少女を、断罪は息を殺して見つめた。
「どうしたの、断罪」
看守がこちらを振り返ったが、相手をするだけの余裕はなかった。断罪は少女の腕を強く掴んで名を呼んだ。
「罪過か」
閉じられた瞼が応えるように震える。断罪は激しく揺さぶりたいのをぐっとこらえた。やがて花が綻ぶように瞼がひらく。伏せられていた眼差しが外の世界へ投げかけられる。羽化したての蝶のように翅が広げられていく。
「沙々奈か」
呼びかけに、彼女はただぼんやりとした。
「おまえは誰だ」
生まれたての瞳は焦点が合わないまま断罪を見つめ返す。朝日が稜線を濡らしていくように少女の目が力を帯びていく。
直後、彼女は悲鳴を上げて断罪を突き飛ばした。
断罪は起き上がり彼女を睨みつける。
「きさま……」
少女は手近に落ちていたサバイバルナイフを手にする。
「誰ですか、こ、こないでください!」
ナイフを構えるか細い手はひどく震えていた。
「それはこっちの台詞だ」
切っ先を向けられ、断罪は首の後ろがかっと熱くなるのを感じた。
目の前の少女が誰かと考えるのは馬鹿らしい。どうせ、死んではまた目覚めるばかりの、あてどないいのちだ。
死を恐れない断罪には武器など無意味だった。少女の懇願を聞くことなく、ゆらりと立ちあがる。
「待って断罪」
ジーンズの裾を看守に引っ張られ、断罪は立ち止まった。
「なんだ」
「様子がおかしいよ」
「そうだな。だからどうした」
「罪過にしてはしおらしすぎる」
「ふざけてるのか」
「真面目だよ。彼女、まだ柚木沙々奈なんじゃないの」
「だったらどうなんだ。どちらにしろ、それはつまり罪過ってことだ」
「そうなんだけど、でも、やっぱりおかしい。柚木沙々奈は都々の……君の妹なんだろう。それならどうして怯えてるの」
看守の言葉に、断罪ははっとした。
「たしかに」
これではまるで、赤の他人だ。
断罪は怖がらせないようにゆっくりと腰を下ろし、彼女と視線を合わせた。
「おまえは誰だ」
「ぼくたちこう見えて怖くないよ、大丈夫」
ナイフを持っていた手が重さに耐えかねたように下ろされる。少女は小さく首を振った。
「わかりません。わたしは……誰ですか」