ライトなSFファンタジー。
見習い研究者のリーツは、喧嘩真っ最中のセレイラとともに『外』へ見回りに出る。そこで二人が目にしたのは、謎の白い宇宙船だった。
サイト掲載済み 同世界観作品あり
WEB版
http://indigo.opal.ne.jp/novel/kaimami01.html 試し読み
http://books.doncha.net/happy-reading/detail.pl?uid=113335991&bookid=139 頭上から、名を呼ぶ声が聞こえた。幼い子どもが笑うような楽しげな声音は、何か悪戯でも企んでいるものに思えて。リーツは必死に重たい瞼を開けると、のろのろと体を起こす。ここはどこだろう? 回らない頭で彼は考える。
いつの間にか眠っていたらしい。痛む肩をほぐしながら右へ視線をやると、窓の外では見せかけの太陽が輝いていた。
思わず目を細めた彼は、額に皺を寄せつつ乾いたつばを飲み込む。ゆったりと流れる雲の横では、まやかしの鳥が羽を広げていた。
まさかもう昼時なのか? あくびをかみ殺すと、彼は強ばった首を巡らして周囲を確認する。だが辺りには誰もいなかった。それどころか靴音一つない。あの声は夢の中のものだったのか? 落ち着いて考えてみれば、この研究所に子どもがいるはずなかった。
彼が横になっているのは古ぼけたソファの上だった。研究室へと続く廊下の隅に設けられた、休憩用スペースにあるものだ。
どうしてこんなところにいるのだろう? 彼の記憶にあるのは、昨夜眠気覚ましにと廊下へ出たところまでだった。ということは、ソファを見つけてほぼ無意識に倒れ込んだのだろうか。彼は顔を引き攣らせる。
「うわ、やっちまった」
首を鳴らしながらソファの背にもたれかかり、彼は寝癖のついた髪に指を差し入れた。
行き詰まった論文のせいでここ数日寝ていなかった。それでも、あともう少しというところまで来たのだ。しかしこれでは今日も書き上がりそうにないと、彼は重いため息を吐く。
「今日、何もなかったっけなあ」
放置されていたということはそうなのだろうか。ここにいれば誰かしら通りかかってもいいはずだが、起こす気はなかったようだ。よれよれになった白衣の裾を無理矢理伸ばして、彼は立ち上がる。
頭の右側が痛んだ。しかしこれは寝不足時の癖のようなものなので、あえて意識しないようにする。彼はそのまま重たい足取りで研究室へと歩いた。
薄鼠色の廊下に反響する足音は一つで、この建物には誰もいないのでと錯覚するような静けさだった。おそらくみんな部屋にこもっているか、仮眠でも取っているだけだろう。論文提出の締め切り近くはいつもそうだった。
薄汚れた研究室に入ると、彼は後ろ手に扉を閉めた。まず目に入ってくるのは本棚から溢れ出した本、そして整理し切れず床に積まれた資料の山。かろうじて物が置けそうなのは奥にある机の上だけだった。
そこを死守しなければいけないというのは、幼馴染みであるセレイラからの忠告の一つだ。昨日もやかましく注意されたので、渋々と片付けたばかりだった。
「あれ?」
その唯一何もないはずの机の上に、見慣れぬ物が置かれているのに彼は気づく。細長い金属に何か布が巻かれているようだ。資料の山をまたいで進んだ彼は、机の前へと辿り着く。
それは鍵だった。さび付きかけたものを保護するつもりなのか、生成り色の布に包まれている。鍵の先だけが飛び出している状態だ。
「ああっ、今日は当番の日かよ」
彼は顔をしかめると頭の後ろを掻いた。伸びた髪を無意識に引っ張ったためか、銀糸が数本指に絡みつく。それを適当に振り解いて、彼は鍵を拾い上げた。崩れ落ちそうな書類に白衣が触れないよう、念のため気を遣う。
その鍵は見回りの際に必要な物だった。いつもは手渡しされるはずだが、彼が不在だったので勝手に置いていったのだろう。彼の研究室への出入りは実質自由だ。仲の良い者ならみんな知っている。
見回りの相方はいつも通りセレイラだろうか。そう思うとますます憂鬱になり、彼はきつく眉根を寄せた。