春を迎えれば、芽吹いた草花たちで賑わうであろう平原は、
その芽吹きを控えた若葉たちを塗り潰す、倒れた兵の血肉で染まっていた。
赤眼の天才軍師。
若く、優柔不断な連合王国の王。
王を憂う気の強い王妹。
悪運強き将軍。
戦争、戦略、戦術、外交、人々の葛藤を描くFT小説。
◆冒頭より◆
春を迎えれば、芽吹いた草花たちで賑わうであろう平原は、その芽吹きを控えた若葉たちを塗り潰す、倒れた兵の血肉で染まっていた。
夜明けと同時に始まった、ロンドバキア、トリアー両軍の会戦は、日が頂点に辿り着く頃に、ようやくの決着を見出そうとしている。
数で勝るロンドバキア軍五万六千の精鋭に対し、一万八千のトリアー軍は、これまでの戦争では余り見られなかった、騎兵を主力とした機動戦で望んだ。
秩序だった騎兵隊は、部隊全体が一個の槍と化し、戦場を縦横に貫くことができる。歩兵力ならば完全に勝り、それによる正面決戦を挑まんとしたロンドバキアを翻弄し、陣形を瓦解させることが出来たのも、騎兵力を重視し、練兵と装備の更新を怠らなかったトリアーの先見があればこそだった。
戦いは掃討戦に移行し、逃走したロンドバキア兵は追随する騎兵の槍に貫かれ、その命を落としていく。命乞いをする者にも、慈悲はもたらさなかった。この戦では、規模に反して捕虜の数は驚くほど少数であった。捕虜となった者は、兵にそれと気づかれた運のよい将官たちで占められていた。
戦地となった地の名を取り、コランベリー会戦と呼ばれることになるこの戦いは、ロンドバキア軍の戦死者が約三万五千名であったのに対し、トリアー軍はわずか三千二百十二名の完勝であった。
その勝利に貢献した者たちの名は、歴史に名を残すに疑いはなかったが、ただ一人、影が付きまとわないではいられない人物が、勝利に沸くトリアー軍のなかにあった。
名を、テオドール・ベルツ。
対ロンドバキア戦において多大な貢献を為し得た人物で、その理由は、彼がロンドバキア軍の中枢とも呼べる、「参謀委員会」に属し、ロンドバキア軍の戦略に知悉していたからだった。
自国を裏切り、敵国の勝利に利した者とあっては、その貢献が大であるからこそ、今は同胞であるトリアーの将兵たちの心象も良くは成り得なかった。
その将兵たちの志向を、ベルツ自身とて知らぬわけではなく、また、知らぬ存ぜぬを決め込むわけにもいかなかった。自らの目的のために、また、いまだ圧倒的な戦力を誇るロンドバキア勢力を打倒するために、まだ成さねばならないことは余りに多すぎた。