こいのはな、そして。
恋人を抱きしめて眠る時、彼はあまり寝返りというものをうたない。そのせいで、時折腕の中。首筋のあたりで動かれると戸惑いを覚えてしまう。
葛木京夜(かつらぎきょうや)は目の前の亜麻色の髪が――といっても、月明りのみで眺めるそれは木蘭色にも似ていたが――抵抗も無く、山白一悟(やましろいちご)のこめかみから頬へ流れ落ちるのを観察していた。
二鏡(ふたかがみ)、既に神社としての位を国から奪われてなお『二鏡神社』として祀る、時間に取り残された集落に京夜は戻ってきた。子供の頃、大人達の事情など知らず友となった――現在では故、山白樹(やましろいつき)と彼の両親、親戚のいがみ合いばかりを見てきた、その場に、今度は村の儀式を執り行う者の一人として招かれたのだ。
文字で箇条書きにしたとして、この立場というものに自覚などあるはずもなく、共にいた親友の――義理ではあるが――弟である一悟を好いてしまった。それも互いに想いは同じであり、間違いも無く『恋人』と言ってよいものになった。
「きょうやさま……? 起こしてしまいましたか?」
相手が身じろぎを軽く行っただけで自分は彼へ視線を向けてしまった。一悟がこれに気付き、起きる。
「い、んや。もとからあんまねてねえよ」
「そう、でございますか? ――あの」
「寝心地わりいわけじゃねえ。気にすんな」
一悟のことだ、折角抱き合って眠れるというのに別の布団で眠ると言い出すのだろう。
彼は京夜が生活に支障をきたす、ないし、心に影を落とすことを必要以上に嫌っている。~『ひとこいばな』より抜粋
表紙/挿絵:れの子