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ただ、惹かれ

  • E-12 (BL)
  • ただひかれ
  • きと
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 400円
  • 2016/10/8(土)発行
  • テキレボアンソロに寄稿させていただいた『名月-meigetsu-』の本編となります。

    【裏表紙あらすじより】

    ただ、貴方の笑顔に惹かれました。
     そう真っ直ぐに言えたら、どんなに楽になる事か。

    極道の家に生まれた三代目・藤真辰臣の趣味は読書。
    だが図書館に足繁く通うのは、何も本だけが目当てではない。
    自分の風貌にも怯えず接してくれた、田中名月の存在があるからだ。
    彼を自分の物にするにはどうしたら……?


    【冒頭見本】


     震える手に握られたリーダーが、本の裏に貼り付けられたバーコードを読み取る。しかし手の震えが災いし、なかなかバーコードを正しく読み取る事ができない。職員の男性は顔を引き攣らせて、リーダーを何度も本の表面に滑らせた。
      その様子を見ていた藤真(とうま)辰臣(たつおみ)は思わず溜め息を漏らし、しまった、と顔を歪めた。見れば、その職員は藤真の反応に硬直してしまっている。こうなるとこちらの方から何か言っても逆効果だ、と分かっている藤真は、そのまま彼の動きが再開するのを待った。
     (いい加減、慣れて欲しいもんだ)
      この区立図書館に通い始めて、もう一年以上が経つ。中には藤真のような利用者も多くいるだろうに、何故か自分は一向に彼らを怯えさせている。
      いや、理由は分かっている。
     「若!」
      こいつだ。
      藤真は駆け寄ってきた派手なアロハ姿の若い男――荻野(おぎの)を、ぎろっと一睨みした。すると、彼は申し訳なさそうに肩を竦め「……社長」と言い直す。小さく頷き返すものの、こいつのおかげで妙な噂を立てられていると思うと睨み付けるだけでは飽き足らない。
     「社長、もう次の約束が」
     「急かすな」
     「でも」
     「どうかしましたか?」
      低く言い合いをしていると、助け船を出すように明るい声が割って入ってきた。藤真が向き直るより早く、その声の主である青年が硬直している男性職員と入れ替わる。
     「あれを棚に戻してきてもらえますか?」
     「は、はいっ」
      恐怖から解放された職員は、指し示されたカートを押しながら脱兎の如くこの場から逃げ去った。パソコンを少し弄り、申し訳なさそうに頭を下げる青年。
     「ごめんなさい、エラーが出ちゃったみたいで」
      そう言いながら手早く処理をし始める青年は、にっこりと藤真に微笑みかけた。
      元からなのか染めているのか、少し茶色がかった髪は猫っ毛らしく柔らかそうだ。ふわふわとまとまりのない様に、つい手を伸ばしそうになってしまう。少し長い前髪の下にある瞳は大きくてつぶらで、常に笑んだように上がっている口角はコーギーを思わせて可愛らしい。ともすれば高校生にも見える程の童顔ではあるが、こんな昼間から司書として勤務している上に、その中でも信頼を得ている様子。自分とそう年は変わらないだろう。
      にこにこと笑みを絶やさない彼がしているエプロンの名札には、パソコンの文字で〝田中〟と印字されていた。しかし。
     「名月(なつき)さん、いつも悪いですね」
      つい最近、同じ図書館内に田中が三人もいては不便だ、と言ういちゃもんにも近い理由で聞き出した名前を口にする。
     「いえいえ、いいんです。でも、どうして藤真さんの時だけエラーが出ちゃうんでしょうね。僕がやれば平気なんですけど……」
      他の人間は手が震えてどうにもならないからだ、とは到底言えず、ただ曖昧に「不思議な事もあるもんです」と頷いておく。名月は手早く十冊の貸し出し処理を済ませると、それを高く積んで差し出してきた。
     「では、貸し出し期限は二週間後の十一月十二日になります」
     「ええ」
     「藤真さんはいつも読むの早いですよね。コツでもあるんですか?」
     「コツなんかないですよ」
     「じゃあ、才能ですね」
      そこまで話した所で、荻野が焦れた様子で時計を填めた腕を差し出してきた。
     (この野郎)
      名月の前なので怒鳴る事だけは堪えたが、自然と眼光が鋭くなるのが分かる。さすがの荻野も一瞬怯んだようだが、時間がない、と言う彼の主張も正しかったため、藤真も強く出られず黙って頷いた。
     「またのご利用お待ちしております」
      名月の前に積まれた本を荻野に持たせ、僅かな会釈を残して図書館を後にする。
      大きな図書館の駐車場に停められた黒塗りの車に乗り込むと、藤真は後部座席から助手席に座った荻野の頭を蹴り付けた。
     「いてっ」
     「おい、俺があそこにいる時は呼びに来るなと何度言えば分かるんだ?」
     「す、すみません、いや、分かってはいたんですけど……」
     「けど?」
     「今日は本当に次の約束があったもんで」
     「ただでさえ、お前のせいで妙な噂を立てられてるんだ。自重しろ」
      名月との会話を邪魔された事に苛立ちを隠せずにいると、荻野は目を丸くした。
     「俺のせい? どんな噂ですか?」
     「お前がそのチンピラみたいな格好で『若』なんて呼んでみろ。完全にやくざのボンボンじゃねぇか、冗談じゃない」
     「それは噂じゃなくて真実じゃないですか」
     「人聞きの悪い。俺は親父や祖父さんと違って真っ当な商売してるんだ。そこらの三代目と同じにしてもらっちゃ困るんだよ」
      荻野は申し訳なさそうに、すいません、と謝ったが、すぐに言い返してきた。
     「でも、若も問題ですよ」
     「俺の何が問題だ」
     「雰囲気と言うか……とにかく堅気には出せない色気がありますから。無理ですよ」
      もう一発蹴りをくれてやろうか、と言う気分になるが、寸での所で踏み止まったのは荻野の言葉にも一理あったからだ。
      目立つ長身に、鋭い目付き。これだけでも周囲を威圧するには十分で、中学の頃からそれは自覚させられていた。女子のみならず男子までもが自分を遠巻きに見ている様は、寂しさを通り越して壮観ですらあった。
      長じてもそれは変わらず、むしろ高校、大学と時を経る毎に酷くなっていった。その頃には他人との交流などどうでも良くなっていたが、それが長身や顔つきだけの問題ではない、と言う事に気が付いたのはいつだっただろうか。
      物心付いた時には、藤真は祖父母の手で育てられていた。母親は失踪、父親は何をやらかしたのか刑務所暮らし。しかも、関東でそれなりに名の知れた祖父のおかげで家庭環境は特殊で、家が襲撃された事も二度あった。
      何かある度に藤真少年は恐怖を強いられる事になったが、これで悪事に手を染める事もなく素直に育ったのは偏に自分の精神力の強さである、と藤真は自負している。
      二十五になった年、老いた祖父の地盤を引き継いだ時も少しでもグレーな部分があるフロント企業からは全て手を引き、真っ当な商売だけをしていく、と誓った。その際の修羅場も相当だったが、今となっては既に三年も前の事である。
     だが、くぐらなくてもいい修羅場を経験したおかげで培った精神力の強さが荻野の言う色気であるとするならば、そもそもの家庭環境が劣悪だったと思うしかなかった。こんな家に生まれた事自体が間違いだったのだ。
     とは言え、今は真っ当な商売を営む身。後ろ暗い事など何一つないはずなのに、こんなにも自分の生い立ちを恨みがましく思うのは名月の存在が大きかった。
      藤真があの図書館に通っているのは、元々読書が趣味だと言う事に加えて名月が勤務しているからだ。名月がいなければ、単純に本は本屋で買うだけの事。彼がいるから、他の人間を怯えさせてでも自分はここに通い詰めているのだった。
     名月は、自分を見ても怯えなかった唯一の人間なのだ。怯えないどころか、人懐っこい笑顔まで見せてくれる。藤真にとって、貴重な縁と言わざるを得なかった。
      その名月を自分の物にするにはどうしたらいいのか、答えが見付からないまま一年以上が過ぎている。相手も名前を覚えてくれている……ただそれだけで良かった、中学生のような想いはとうに激しい劣情に変わっていた。  取り敢えず、今日借りた本を読み終わるまでは図書館に近寄る事もないだろう。どうして十冊も借りてきてしまったのか、自分を責めても始まらない。
      藤真は荻野の膝の上に積まれた本の一番上を手に取った。


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