【パンフ用文言】
グラタンや甘いホットミルクは語らいのきっかけに。時には焼酎のグラスを傾け気持ちを預けて。ポトフで温まった後、黄金色のフィナンシェを一緒に食べる恋人たち――。現代を舞台に優しい登場人物たちが登場する、美味しく楽しい「日常飯テロBL」掌編集です。読み切りばかりなので、おやつの時間にいかがですか。
【説明文】
食べ物をモチーフにした、美味しい・楽しい・ちょっとラブラブな作品が詰まった、ブロマンズ・BL 掌編再録集「美味しい食べ物は 君と一緒に楽しみたいから」
料理する優男や昼行灯なオッサン研究者が好きな人へ届け! おやつの読書時間にピッタリな、軽くて美味しい、さくっと読める掌編集です。
食べ物をモチーフにした、美味しい・楽しい・ちょっとラブラブな作品が詰まった、ブロマンズ・BL 掌編再録集
(ネット上で発表済みの作品に加筆修正をしたものになります)
★試し読みは
コチラ(Happy Reading様)
※こちらのミスにより、本書題名の誤りがあります3P:中表紙・ヘッダー
56P:奥付
誤→食べ物と君があればいい
正→君と食べ物があればいい
<収録作品>
◆グラタンをつくれば
オカン系優男男子&単純ガサツ男子の恋人にまつわるボーイズトーク
◆ゴースト・リサーチャー
昼行燈オッサン研究者&不愛想部下の研究室お茶会ブロマンズ
◆心の中で杯を(300字ss)
焼酎ロックで呑む二人
◆ただいまをいえば
製菓系優男×甘党サラリーマンの甘々いちゃいちゃ二人暮らしBL
<本文サンプル>
◆グラタンをつくれば(ブロマンズ・友情寄り)
俺の友人(ダチ)は料理が上手い。
だからこんな燻(くすぶ)ってる気分の時は、奴の飯を食うに限る。
古めかしいデザインのアパートの階段を上がる。ごんごんごん、とちょっとガタがきてそうな階段を、未だ消えないモヤモヤと共に踏みつけて、たどり着いたのは最上階。
402のナンバーが付いたドアのチャイムを押す。しばらく待つと「はいはい」といつもの声がする。ぎい、とドアが開けば、玄関にはエプロン姿の友人、智(とも)が立っていた。
「うっす。メール見た?」
「見たけどさ……。いつもいきなり過ぎるだろ、裕也(ゆうや)は」
俺の顔を見た智は開口一番、はあ、とまるで母親のようなため息を付いた。くっそ、こいつ所帯じみてやがる。お前は俺のかーちゃんじゃねえっての!
だけど、ほんの三十分前に「今日お前んち飯食いに行くけどいいよな」ってメールしたのは俺のほうだから、無理言ってんのは俺なんだよね。分かってるんだけどさ。俺、わがままだから。一応、自覚はある。
「ま、丁度良かったけどさ。白菜、今日までに使いきりたかったから。上がれよ」
いつものように柔らかな笑みを浮かべて、智が促(うなが)す。部屋に戻っていく智の背中を見て、俺は少しだけほっとしていた。智にまで邪険にされたらどうしようと、内心不安で一杯だったのは内緒だ。
「おう、邪魔するわ」
俺は遠慮なく狭い玄関で靴を脱ぎ、部屋に足を踏み入れた。
◆ゴースト・リサーチャー(ブロマンズ・BL寄り)
まるでその人は、折角の王冠をポイポイと投げ捨てるように生きていると、俺は思う。
「やあ、高橋(たかはし)くん」
研究所で一番小さいこの研究室に入ると、その人はいつも通り、たくさんの資料やファイルが置かれた机の前に座っていた。その人はいつも、所狭しと並べられた棚と机と冷蔵庫の中に埋もれている。いわゆる、典型的な研究者の部屋、といった風景がよく似合う人だと思う。
俺の入室に気づいたその人は、ずり落ちそうな丸眼鏡を直しつつ、こどものように笑って俺を見た。
「報告書の提出に来ました」
胸に抱えていた出来立てほやほやの報告書を渡すが、その人はそれにざっと目を通しただけで、いつまでも片付かない机の右隅に置いた。
―そこに置いたという事は、とりあえずお眼鏡には適った、という事だ。報告書に纏めたはいいが、少し難しい内容だったので、内心ほっとする。しかし、容易に心を見せるのも癪で、あえて無表情を作った。
「まあまあ、そんな顔しないで~。ちょーど、お茶にしようと思ってたんだよねえ。ちょっと付き合ってよ」
トレードマークの笑い皺をくっきりとさせながら、その人は言う。
ああ、いつものが始まった。来客を理由にサボりたがる悪い癖。もうすぐ五十だから腰がね、なんてぼやきながら席を離れ、白衣の背中を丸めながら、ポットやマグカップの置かれた棚に近づく。
棚の中には紅茶のティーバッグに日本茶、ほうじ茶、ウーロン茶、コーヒー(しかも、インスタントではなくレギュラーコーヒーだ)そしてハーブティが並んでいる。その隣に備え付けられた小さな冷蔵庫の中には必ず牛乳と、夏になれば麦茶まで入っている。
「そうそう、昨日『うずまき屋』のカステラを貰ってねえ。これから開けるんだよ」なんて言いながら、いそいそと飲み物を選び始めている。鼻歌すら歌いだしそうな様子に、俺は呆れて苦笑すら浮かべることも出来ない。
「ろくに俺の報告書も読まずになにやってるんですか」
「ちゃんと読んだよー、酷いなあ。ああ、高橋くんはどれにする? 紅茶もコーヒーもたくさん……」
「俺はカフェイン苦手なんです。ええと、牛乳は―」
「牛乳はあっためて下さい、だろう? 分かってるよー」
その人の手には、すでにバニラエッセンスの瓶が握られている。ニコニコと笑う顔に思わず毒気が抜けて、俺はへなへなとソファに座り込んだ。
その人―芳田(よしだ)は、この研究所に長年勤める研究員の一人だ。といっても、古株というくらいしか特徴の無い人だと思われている……周りからは。
しかし、本当は違う。
街に溢れるあの技術も、ロングセラーのあの食品の加工技術も、本当は芳田が開発したものだ。だけどいつの間にか、それは他の研究員の手に渡り、芳田の名前が出されないまま、世に出される。
芳田はそれを、腹を立てることもなく、なにも言わずに見ているだけだ。
まるで、作り出した王冠を自分で捨てていくような―さながら、無冠の王のような人だった。
◆ただいまをいえば(BL)
玄関を開けると、辺り一面にバターの濃厚な香りが漂っていた。ああ、今日もアイツはなにか焼いていたんだろう。気もそぞろに靴を脱ぎ捨て、リビングのドアを開けると、そこにはキッチンに立つ同居人の姿があった。
「ただいま」
「おかえりー」
二人暮らしの2LDK。家賃は地方で駅近ならば納得の七万五千円。男が二人で暮らすには少しだけ寝室が狭いと思うときがあるけれど、それもまた一緒に暮らす楽しみなのだと思えば、あまり気にならない。
「今日は早かったんだ」
同居人はキッチンから動かないまま、上半身だけをひねり俺の顔を見る。
「ああ。関わってたプロジェクトが終わってね。ま、ひと段落ってこと」
「そっかそっか。おつかれさま」
俺はリビングを通り過ぎ、寝室へ向かう。ネクタイをほどき、背広をハンガーにかけて、ワイシャツを脱ぐ。寝室の隅に置かれている部屋着を着てから、脱いだワイシャツをもって脱衣所に向かい、洗濯機の横に置かれている洗濯カゴへ入れた。
そしてリビングに入り、すかさずだらりと猫のように座椅子に倒れこむ。一週間保ち続けた、仕事の為の緊張感がほどけていくようだった。
「……手伝いくらいしろよ」
あきれたような、だけどどこか笑っているような声音が上から降ってきた。気兼ねないその言葉に、俺は気を張らなくても良いんだと安心する。
「つーかーれーたー」
同居人……智(とも)の声を聞いたら、とたんに甘えたい気持ちが湧いてきて……しばらく座椅子で寝転がっていよう、と勝手に決めた。
「明日土曜日だからって、そのだらけ方はないだろ。夕飯当番じゃないからって、気ィ抜きすぎ、裕也(ゆうや)」
キッチンから聞こえてくる智の声に、俺は駄々をこねるように背を丸めた。