★長編上等/キャラクターカタログ参加作品★
あらすじ
『速い!』
剣術道場に通い、それなりに動体視力を鍛えていたカナが、追うのに精一杯の速さ。すばやい身のこなしでポニーティルの女が駆けてくる。その女は、なびいた自分のマントに手を突っ込むと、ひとつの瓶を取り出した。瓶に床が着地し割れると同時、炎が舞い起こる。
「いったいなんなの!?」
ごくごく普通の日常を過ごしていた少女、カナがひょんなことから巻き込まれる騒動。果たして少女の運命は? 魔術と機械技術の発達した世界で送る、どたばた異世界FTコメディ(でもちょっとシリアス)、長編シリーズ第1巻
サンプル
任命証など、正直どうでも良かったのだけれど、そんなことが重要なのではない。なぜなら、任命証にしろなんにしろ、王からの勅命資格など習得するのは通常かなりの年齢になってからである。なので、どれだけ理由が並んでいたとしてもカナがそんなものをもらうことというのには違和感しかないのである。下手したら周りから生意気だといじめられるかもしれない(もっとも、カナは道場に通っているのでそんじょそこらの男よりもケンカじゃ負けないため、実際にいじめられることはないかもしれないが)。
では何が重要か。簡単だ。ワープの杖の存在である。
「あたしの国外りょこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
術の能力も知識も皆無であり、恐らく今後学ぶことも無いカナにとってみれば四季の国を出るなんてこの先あるかないかに等しいことである。こんなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
それには最も必要なのが移動手段。つまりそれ、ワープの杖三回分。さっきだって考えていたではないか。三回分あれば魔法国に行く前でも後でも寄り道する余裕がある。
「な、なんだあの女!?」
青年はかなり動揺してカナの方を振り向いた。明らかに運動神経に乏しそうな少女が、鬼のような形相で迫ってくるのだから動揺するのも仕方がない。だが、彼も脚を止めなかった。もし止まったら捕まる。
『これ、そんなに大事なのか?』
心境としては、『なんとなく高価そう』というだけでその棒をとっていっただけだ。正確には少女が手から離して落としたものを拾っただけである。盗みには変わりないかもしれないが、いくらなんでもこれほどの勢いで追い掛けられるとは思っていなかった。せいぜい、泣きわめいて警備員に通告するだろうなどと想定していたので、予想外も予想外である。
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小さな観葉植物の植木鉢が、リョウの腹部をめがけて飛んできた。鉢植えの角が、男の体をすごい勢いで突く。円柱型だったのが幸いしたため、致命傷にはいたらなかったようだが、初速も加速度もそれなりだったので、衝撃だけでも胃液が戻りそうになる。
実際、その衝撃を受けたリョウの体は後ろに飛んだ。剣に手をかけようとしていたカナの横をすり抜けて、そのまま壁に衝突する。『ガタン』という音と共に、窓の側に置かれていたベルやら何やらが落ちてくる。まるで壊れた人形のようにリョウの体は叩きつけられたため、思わずカナはびくりと身構えた。 リョウは、力を失ったのか、ぐたりとして座り込んだまま動く気配を見せない。
「なんだい、もう終わりかい?」
構えていた手をおろして、女が吐き捨てた。
カナはカナで呆然とその光景を脳内でリプレイしていた。だが、剣を手にして振り向いてからの記憶しかないため何がなんだか理解しきれないでいる。リョウの体に物体が飛んできたということと、女がそれに全く触れずに行われたということだけが脳裏に蘇る。
「あ、貴女……超能力者?」
「アタシは何もやってないさ」
カナの声は明らかに震えていた。それが面白かったのか、女が舌舐めずりする。
野生の狐を思わせるその仕種に、カナはますます背中をゾクリとさせた。