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【ローファンタジー】黒い犬

  • くろいいぬ
  • 高梨來
  • 書籍|B6
  • 296ページ
  • 1,000円
  • 2020/09/06(日)発行
  • 小説│ B6サイズカバー付き │296頁│20/09/06

     装画:ツネぎくさま

    「書きたいもの」を見失った小説家のアレンは、休暇のために訪れた田舎町の教会で弔う人のいない合同墓の手入れをする青年、ディディに出会う。
     襟の高いシャツに首元に巻かれたスカーフ、ほっそりとした腕に残された幾筋もの傷跡――どこか危うい翳りを帯びた彼と静かに心を通わせていくそのうち、アレンはディディの負った癒えることのない傷を知り、彼の心に寄り添うための物語を書きたいと願うようになる。
     ふたりの「かつての子どもたち」をめぐる、欠落を抱えた人々のための祈りと救いの物語。

    「ダレンと5つの心の扉」は本作中で主人公の書く「新しい物語」です。よろしければ合わせてお楽しみいただければ嬉しいです。
    お試し読み(全文公開中) https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13583794


    ★BOOTH通販★
     


    【試し読み】
    誰しもの人生に幾度もの、忘れられない瞬間が訪れる時がある。
     ひどく些細でありふれていて、そうとは簡単には気づくことの出来ないもの。
     通り過ぎたほんのささやかな一瞬を懐かしむその時、手の中に光るちいさな星のかけらに気づくような。
     せわしなく過ぎゆく時の流れの中で、人はいくつ、その奇跡に気づくことが出来るのだろうか。


     僅かな湿り気をふくんだ秋風が、頬の上をかすかになぞる。そよぐ葉はすこしずつ色を帯びはじめ、光を遊ばせている。
     小高い丘の上、まるで町のシンボルかなにかのようにそびえ立つ焦げ茶色の煉瓦作りの教会を前に、僕は思わずぼうっとため息を洩らす。
     神への敬虔な信仰を持っているわけでもなければ、なにかしら懺悔したいようなことがあるわけでもなかった。視界が捉えた、この美しい建物を間近で目にしてみたい――突き動かされるようにいつしか脚は動き、目的地とは違うはずのこの場所へと赴いていた。
     本来ならばきちんと挨拶をすべきなのだろうか、この場所を守る誰かに。ひとさじばかりのうしろめたさと、子どものような好奇心。ないまぜの感情に揺らされながら、名前も知らない誰かの墓石をぼうっと眺める。数十年前に時を止めたその人の墓前にはいまだまあたらしい花が供えられ、手入れが行き届いていることがありありと伝わる。
     人がほんとうに死ぬ時は、その存在が誰もに忘れ去られた時だ――その言葉通りなら、ここで永劫の眠りに就く人々はみな、終わらない命を得た末の安寧を手に入れたと言えるのだろうか。
     みようみまねでぶざまに手を合わせ、ずっしりと肩に食い込んだ旅行鞄を背負いなおしたその時、ふいに、視界の端を揺らぐ影に気づく。
     風にそよぎ、かすかに揺れるやわらかそうな黒い髪、濃紺のシャツにくるまれたしゃんと伸びた背筋、光を跳ね返す澄んだ琥珀の瞳の奥には、あまやかさとともに、かすかな翳りが滲む。
    「こんにちは」
    ひときわ立派な墓標の前、ちいさく首を傾げるようにして彼は尋ねる。襟の高い濃紺のシャツにサスペンダー、首もとには森のような深い緑色のスカーフがさりげなく巻き付けられている。
     歳のころはおそらくは、二十歳をすこし過ぎたところだろうか。
    「……こんにちは、」
     ぎこちない会釈を浮かべながら、取り繕うように僕は尋ねる。
    「そのお墓は、どなたかこの町の有名な方のものなんですか」
    「あぁ、」
     かすかに花が開くかのような笑みを浮かべながら、返答の言葉は続く。
    「身よりのない人たちのための合同墓なんです。なので、特定の誰かのものではなくって」
     瞼を細めた笑顔が、やわらかにこちらを包む。
    「そうなんですね」
     思わず困り笑いを浮かべるこちらを前に、打ち消すように明るく笑いかけながら彼は答える。
    「気にしないで、僕もはじめはおなじように思ったから」
     雨風にさらされ、すこしばかり色褪せた石碑に刻まれた鎮魂の言葉の上をゆっくりと指先でなぞるようにしながら、おだやかに言葉は続く。
    「優しいなと思ったんです。見送ってくれる人がいなくてもこうして、眠りに就ける場所があって――家族みたいだなって。大事にしたいなって思うんです、だから」
     ひどく遠慮がちに、湖面に落ちる滴のように静かに落とされていく言葉のふちには、たおやかな寂寥の色がかすかに滲む。
    「あなたは――、」
     目配せとともに投げかけられる言葉をそっと覆うように、静かな呼び声がそこにかぶさる。
    「お茶が入ったよ、そろそろ休憩にしないかい?」
     言葉の先には、すらりとした体躯を黒いカソックに包んだ神父らしき男の姿が望まれる。
    「ハーヴェイさん」
     親しみを込めて名前を呼ぶその姿には、隠しきることなど出来るはずもない親愛の情がこぼれ落ちる。
    「ああ、お客様がいらしていたんだね」
     じっと息を潜めるようにして交互にようすを窺うこちらを前に、かすかに白い色の混じったアッシュブロンドの髪をそうっと揺らす行儀の良いお辞儀の後、男は尋ねる。
    「旅の方ですね。はるばる遠いところへようこそ。いまちょうどお茶の時間にしようと思っていたんです。お急ぎでなければご一緒にいかがでしょうか?」
    「これからまだ、向かうところがありますので」
     不器用に言葉を濁すように答えれば、すぐさまなめらかな返答がかぶせられる。
    「それはそれは、お引き留めしてしまい申し訳ございませんでした。またの機会がおありでしたらいつでも」
    「ありがとうございます」
     ぺこりとぎこちない会釈で応えてみせるこちらと神父とのようすを、青年は興味深げに交互に眺めてみせる。
    「お時間さえあればまたいつでもいらしてください、どうかすてきな旅を」
     ゆっくりと頭を下げて見せてくれたその時、まくり上げられたシャツの袖口から顔をのぞかせたほっそりとした腕に、ひきつれたような傷跡がかすかに残されていることに気づく。――まるで、なにかの証のように。

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