【SAMPLE】
どんなに、心ごとぐちゃぐちゃに掻き乱されたって、必ず『朝』は訪れる。
そしてまた、新しく続く未来をプレゼントしてくれる。
「また連絡してもいい」
心身ともにぐちゃぐちゃになるまで抱いた果てに、無理矢理帰さずに迎えたその朝――送りだそうとしたその矢先、振り向きざまに投げかけられた言葉がそれだった。
まったくもって『らしくもない』ひどく弱気な問いかけにすぐさま感じたのは身勝手な苛立ちだった。
そうじゃないだろ、おまえは。
もっと自由奔放で身勝手で、遠慮なんてちっともないまま土足でこちらの気持ちに踏み込んできて、それなのに――
くぐもって揺れるまなざしに魅入られながら、幾重にも絡まったぶざまな感情がゆらりと立ち昇る。
もっと自由で、もっと気侭で奔放で、いつのまにかこちらの心に入り込んでくるみたいに軽やかで。そういう忍だから好きになったのに。
こんなにも不安な顔にさせてるのもみんな、自分のせいだ。
かき乱して、突き放して――それなのに、どうしても離せないだなんてあんなに壊れそうなくらいに、すこしも構わずにきつく抱きしめて。
ゆるしを求める子どもみたいな頼りなげな瞳をじいっと見下ろしたまま、ひとまずは、とばかりに無遠慮な手つきでくしゃくしゃに髪をかき回し、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「いいよ、そんな。遠慮すんな」
いっしょにいてほしいのはこちらの方だから。
祈るような心地で、いびつに震えた指先をぎゅっと握りしめる。
こちらのそれだって、おんなじだけぶざまに頼りなく震えているから――身体と身体で分かり合えることは、こんな時にだってほんとうにうまく味方になってくれる。
「まためし食いにこいよ、準備しといてやるから」
「……いいの」
「おまえが聞くことじゃないだろ」
いてほしいのは、いてくれないと耐え切れないのはきっとこちらだから。どうすればこれ以上傷つけないで済むのかなんてすこしもわからないあたり、情けなくてどうしようもなくもなるのだけれど。
観念した、とばかりに深々と息を吐き、じいっと見つめ合いながらぽつりと言葉を洩らす。
「……好きだからだよ。おまえがいないと俺が困んだよ。だからいてほしい、お願いだから」
滲んだ言葉は懇願めいた色を帯びていて、ぶざまな苛立ちをより際立たせる。
この後に及んでどんだけ勝手なんだよ。結局自分なのかよ。それならいままでの散々振り回して傷つけただけの関係とどう違う?
ゆるされたいだけだろ、どう考えたって。矢継ぎ早に浮かぶ言葉は自己嫌悪まみれのひびだらけの心を繋ぐ言い訳ばかりで、息苦しさにめまいがしそうだ。
ほんとうに底なしのバカだ。こんなバカのことをそれでも見放さないでいる目の前の相手とどちらがより愚かなのかなんてことを、誰かに教えてほしいくらいに。
もどかしく息をのんでみせるこちらを前に、いまにも泣き出しそうな潤んだ瞳はそのままに、周の大好きな、どこかしら挑発的なまなざしがきつく、こちらへと向けられる。
「……あのさ、」
分厚いパーカーの裾をきつく握りしめながら、いびつに震えながら、それでも、確かな思いを溶かし込んだかのような言葉が続く。
「言ったよね、きのうも。俺は周が好きだよ。いつからかなんてわかんない、気がついたら好きで、どんどん好きんなってた。応えらんないってどんだけ示されても好きで、ちょっとだけでも許してもらえるたびにばかみたいにハラハラして、ばかみたいに喜んでた。ばかみたいに好きで、もうどうしようもないくらい好きで、周がそばにいていいって言ってくれるならなんだっていいって思ってたよ。でもそんだけじゃやだ、ちゃんと俺のこと見てほしい、好きになってほしいっていつのまにかそう思ってた。勝手だよね? でもさ、そーゆーもんじゃん。どうしたらいいんだろってずっと考えてた。俺ばっか好きなんじゃんって何度だって思った。だからさ、周に好きって言ってもらった時は嘘みたいだなって思ったし、いまでも思ってるよ。ほんとにいいんだ、セックスしてくれるだけじゃないんだって。ばかだよね、してくれるだけでいいやって思ったのは自分の方なのに。でもさ、ちゃんと言ってくれたじゃん。すごい嬉しかった、いまも嬉しい。夢じゃないかなって思うくらい嬉しい」
挑むようなまなざしでじいっとこちらを見つめたまま、鈍く火照った言葉が落とされる。
「周も好きなんだよね? 俺のこと。やった、両思いじゃん」
「……そうだな」
そんな子どもじみた言葉を聞いたのなんて、いつ以来だろう。
知っている、わざとそんなふうに言葉を選んでくれたことくらい。
「嬉しいなほんと、世界一嬉しい。拡声器持って町内中パトロールしたいくらい嬉しい。伏姫にLINEで延々実況しまくって今度こそ本気で怒られてブロックされてもいいくらい嬉しい、二十二年生きてるけどこんなに新鮮に嬉しいことあんだなってくらい嬉しい。すごいよね、奇跡だよ。周が俺のこと好きなんだよ。世界中に叫びたいくらい嬉しい」
「忍、」
わざとらしく、咎めるような口ぶりで名前を呼ぶ。矢継ぎ早に喋る言葉の裏にある気持ちくらいわかっている、あんなにぶざまな形で見せつけられたから――おなじだけ、自分のぶんも。
「なに?」
挑発的な眼差しに魅入られながら、ひくい声で静かに答える。
「黙って――キスしたいから」
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