★sample★
「じゃあもっかい練習しよっか、お名前は、いくつですか?」
目線の高さを合わせるようにとしゃがみこんで尋ねるこちらをまえに、いつものあのはきはきと明るい様子で彼女は答える。
「たかがきりんねです、四歳です」
「じゃあ俺は誰ですか?」
「しのぶくん!」
「俺とりんちゃんの関係を教えてください」
「おともだちー!」
「そうだけど、きょうはそうじゃないよね? ね、もっかいやり直し」
追従の言葉をまえに、それでもひるむ様子はなく返される言葉はこうだ。
「おじさん!」
「よく出来ました。じゃあ行こっか?」
しゃがみこんだままの頭をそうっとなでれば、たちまちにぴかぴかの太陽みたいな笑顔がめいっぱいに広がる。
まったくもって、反則みたいにかわいい。
「はいこっち向いて、撮るよー」
入り口にはいるまえにひとまずは、と、ばかりに、パンダのデザインをかたどったポストのまえで記念撮影をする。いちばん元気な朝の出発時に、まんがいち迷子になった時の対策も含めてその日の格好がわかる写真を撮っておくこと。このちいさなガールフレンドと知り合ってまもない頃に、彼女の保護者から教えられたきまりのひとつだ。
アイボリーに紺色のラインの入ったカットソーの上にはスエット素材のカーディガン、ブルーのジーンズに赤いスリッポン。
ドーナツのモチーフのついたヘアゴムでふたつにくくった髪の毛の裾をゆらして満面の笑みでほほえんで見せる姿には、あますことのない愛情を一身にうけてすくすくと育った様子がありありと伝わる。
「りんちゃんきょうもかわいいお洋服着てんねえ、おしゃれ番長じゃん」
「忍くんとデートだからね、ママがえらんでくれたの」
デートだなんて単語をしきりに使いたがるのはおしゃまさんなお年頃というのか、なんというのか。
「髪の毛もママ?」
「パパ!」
きっぱりと答える様子に、思わず口元はほころぶ。えらいなぁお父さん、俺には出来んのかな。
「ちょっとだけ待ってね、パパとママに先に連絡しとくからね」
ぎゅうっとジーンズの腰のあたりをつかんで待ってくれている姿を横目に見ながら、手にしたスマートフォンの画面を開く。そりゃあまあ大切なお嬢さんをお預かりするわけですから、そのくらいのてはずは。
――『いまから行ってきます。なにか緊急事態があれば連絡しますのでよろしくお願いします。そっちも楽しんできてね』
「よーし、じゃあいこっか」
「はぁい」
とびっきりのよいこのお返事をまえに、つられるようにうっとりと瞳を細めながら差し伸ばされた掌をぎゅうっと握りしめる。子どもの掌はしっとりとかすかに汗ばんで、すいつくみたいにやわらかだ。